食品に関するリスクコミュニケーション「食品中の放射性物質~今と未来への歩み~」
食品に関するリスクコミュニケーション「食品中の放射性物質~今と未来への歩み~」 概要(本文6,170文字)
消費者庁は農林水産省ら関係省庁と連携し、令和6年11月18日に東京都、そして11月25日に大阪府にて「食品中の放射性物質~今と未来への歩み~」と題した意見交換会を開催しました。
<概要>
(1) 基調講演
「放射性物質についての基礎知識」
国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構 熊谷敦史 氏
(2)行政による情報提供
1. 「消費者庁における風評影響の抑制に向けた取組」 消費者庁
2. 「食品中の放射性物質の対策と現状について」 厚生労働省、農林水産省
3. 「福島第一原発事故後の水産物の検査体制について」 水産庁
4. 「福島第一原子力発電所の廃炉とALPS処理水の処分について」 資源エネルギー庁
(3)意見交換(パネルディスカッション)
(4)消費者庁、食品安全委員会、厚生労働省、農林水産省、水産庁、資源エネルギー庁
<講演>
「放射性物質についての基礎知識」
1. 放射線の基本
放射線は、放射性物質から放出されるエネルギーで、アルファ線、ベータ線、ガンマ線、エックス線などがあります。アルファ線は透過力が低く、紙一枚で遮蔽できますが、内部被ばく時の影響は大きいです。ベータ線は透過力が高く、薄い金属板で遮蔽可能です。ガンマ線とエックス線は高エネルギーの電磁波で、透過力が非常に高く、鉛などの厚い遮蔽材が必要です。
2. 放射性物質の種類と特性
放射性物質は不安定な原子核を持ち、放射線を放出して安定化します。代表的なものには、ヨウ素131、セシウム134、セシウム137、ストロンチウム90があります。ヨウ素131は半減期が約8日で、甲状腺に集まりやすいです。セシウム137は半減期が約30年で、環境中に長期間残留します。ストロンチウム90は半減期が約29年で、骨に集まりやすく、ベータ線を放出します。
3. 放射線の測定方法と単位
放射線の測定には、ベクレル(Bq)、シーベルト(Sv)、グレイ(Gy)などの単位が使われます。ベクレルは放射能の強さを示し、1秒間に1個の原子核が崩壊する放射能を1ベクレルとします。シーベルトは放射線の人体への影響を示し、放射線の種類やエネルギー、被ばくした組織の感受性を考慮して計算されます。グレイは放射線の吸収線量を示し、1グレイは1キログラムの物質が1ジュールのエネルギーを吸収することを意味します。
4. 内部被ばくと外部被ばく
内部被ばくは、飲食や吸入によって体内に取り込まれた放射性物質による被ばくです。例えば、放射性物質が含まれた食品を摂取することで内部被ばくが起こります。外部被ばくは、放射線源からの直接被ばくによるもので、放射線を放出する物質の近くにいることで外部被ばくが生じます。
5. 福島原発事故の影響
福島原発事故後、放射性セシウムが環境中に残留し、食品の安全性が懸念されましたが、検査により基準値以下の食品が流通しています。特に福島産の米や野菜は安全性が確認されています。放射性物質は森林中では樹冠や土壌有機物層に蓄積され、時間とともに土壌表層部に移動します。川魚は放射性物質を蓄積しやすいですが、海産魚介類はほとんどが解禁されています。
6. 自然放射線と人工放射線
自然放射線は宇宙線や大地放射線、食物からの摂取などから発生し、日常生活の中で常に存在します。人工放射線は医療用や原子力発電所からの放射線です。自然放射線の年間平均は、世界で2.4mSv、日本では2.1mSvです。
7. 放射線の健康リスク
放射線被ばく量が増えるとがんのリスクも増加しますが、100mSv未満の被ばくでは自然のリスクと区別できません。急性影響としては、骨髄障害、消化管障害、神経障害、皮膚障害、脱毛、不妊などがあります。晩発影響としては、白内障や悪性腫瘍、胎児影響(奇形・精神発達遅滞)などがあります。適切なリスク管理と防護対策が重要です。
8. 食品中の放射性物質
食品中にはカリウム40やポロニウム210などの放射性物質が含まれますが、検査により基準値以下の食品が流通しています。特に福島産の米や野菜は安全性が確認されています。
9. ALPS処理水の海洋放出
ALPS処理水はトリチウム以外の放射性物質を除去した水で、2023年8月24日から規制基準以下のトリチウム濃度で海洋放出が開始されました。トリチウムの健康影響は特別に大きいとは認められていません。
10. まとめ
この基調講演では、放射性物質の種類や特性、放射線の人体への影響、内部被ばくと外部被ばくのメカニズム、そして被ばくによる健康リスクの評価方法など、放射線に関する重要な事項を説明しました。また、福島原発事故後の放射性物質の動きや食品と水の安全性、健康リスクの評価結果についても触れました。これらを通じて、放射線に対する正しい理解と適切なリスク管理の重要性を強調しています。今後、科学的な知識に基づいた適切な対策とリスク管理が求められていきます。
<行政による情報提供>
1. 消費者庁
「食品中の放射性物質の対策と現状について」
消費者庁は消費者意識調査、リスクコミュニケーション、情報発信を実施し、消費者の理解を深め、風評被害を減少させることを目指しています。
1-1. 放射性物質に関する消費者意識調査結果
消費者庁は、放射性物質に関する消費者の意識を調査し、特に被災地の農林水産物に対する買い控えの理由を分析しています。平成25年から令和6年までの間に17回実施され、インターネットを通じて行われました。対象は被災地域(岩手県、宮城県、福島県、茨城県)および主要な消費地(埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、愛知県、大阪府、兵庫県)に住む20~60代の男女5,176名です。調査結果から、消費者が食品の産地を気にする理由として、味や品質、鮮度、価格、放射性物質の存在が挙げられました。また、放射性物質を理由に購入をためらう食品の産地や、食品中の放射性物質の検査に対する認識についても調査されました。これらの調査結果は、今後のリスクコミュニケーションや風評対策に役立てられます。
1-2. リスクコミュニケーション
消費者庁は、一般消費者や大学生、子育て世代を対象に、食品の放射性物質に関する安全性について意見交換会やイベントを実施しています。東京都と大阪府で開催されたパネルディスカッションでは、ジャーナリストや研究者を招いて意見交換が行われ、東京都で158名、大阪府で95名が参加しました。また、立命館大学、東京農業大学、北陸大学、東日本国際大学、純真学園大学で大学生を対象に意見交換会が実施されました。さらに、子育て世代が多く集まるイベントでは、科学的な知見の発信を目的としてパネル展示やステージ企画が行われました。これらの取り組みを通じて、消費者の理解を深め、風評被害を抑制することを目指しています。
1-3. 情報発信
消費者庁は、食品と放射能に関するQ&A集を作成・配布し、消費者の疑問や不安を解消するための情報提供を行っています。このQ&A集は、関係府省の協力を得て作成され、詳細版とミニ版が用意されています。Q&A集には、食品の安全性や放射性物質に関する基本的な情報が含まれており、消費者が安心して食品を選択できるよう支援しています。また、これらの情報はWebにも掲載されており、広くアクセス可能です。消費者庁の情報発信活動は、消費者の理解を促進し、風評被害を減少させることを目的としています。
2. 厚生労働省、農林水産省
「福島第一原発事故後の水産物の検査体制について」
厚生労働省と農林水産省は、事故後の食品中の放射性物質対策として、基準値設定と検査体制、生産段階での吸収抑制対策(例:カリ施肥)や飼料の暫定許容値設定、安全な生産資材の導入を説明しました。放射性物質レベルは低下しており、消費者の安全確保の取り組みが続けられています。
2-1. 農林水産物の放射性物質対策
2-1-1. 国内での検査体制
厚生労働省と農林水産省は、食品中の放射性物質に対する基準値を設定し、17都県を中心に検査を実施しています。基準値を超えた食品は回収・廃棄され、出荷制限が行われます。検査は地方自治体が策定する検査計画に基づき、原子力災害対策本部のガイドラインに従って実施されます。検査結果は公表され、消費者の安全を確保するための情報提供が行われています。基準値を超過する食品については、食品衛生法に基づき、同一ロットの食品を回収・廃棄し、出荷制限が指示されます。
2-1-2. 生産段階での管理について
生産段階では、放射性物質の吸収を抑えるための対策が講じられています。例えば、土壌中のカリウム濃度を適正に保つことで、作物の放射性セシウム吸収を抑制するカリ施肥が行われています。また、飼料の暫定許容値を設定し、家畜や養魚に適切な飼料を給与することで、畜水産物の安全を確保しています。さらに、安全な生産資材の導入や栽培管理ガイドラインの実施、野生の山菜やきのこの採取に関する情報提供なども行われています。
2-2. 検査結果
検査結果は全体的に放射性物質レベルが低下していることを示しています。平成30年度以降、栽培・飼養管理が可能な品目群において基準値超過はなく、栽培・飼養管理が困難な品目群(野生きのこ類・山菜類、野生鳥獣肉類等)についても、安定して基準値を下回ることが確認されています。これらの品目については、引き続き出荷制限等の措置が実施されています。検査結果は厚生労働省のウェブページで公表され、消費者に対する情報提供が行われています。
3. 水産庁
「福島第一原発事故後の水産物の検査体制について」
政府は、福島第一原発事故後、福島県では公的検査と漁協の自主検査を実施し、基準値を超えた場合は出荷制限を行っています。2015年度以降、基準値超過は4例のみで、2017年度以降は99%が基準値の1割以下です。政府は年間被ばく量を1ミリシーベルト以下に抑える目標を達成しており、トリチウムのモニタリングも実施中です。これにより、福島県産水産物の安全性が確保され、消費者の信頼が回復しています。
3-1. 本格操業に向けた取り組み
福島第一原発事故直後、福島県内の漁業協同組合は全ての沿岸漁業及び底びき網漁業の操業を自粛しました。しかし、平成24年6月から出荷が制限されていない魚種の試験操業を開始し、順次漁業種類や対象種、海域を拡大しました。令和3年4月からは本格操業へ向けた移行期間に入り、水揚げ量の拡大を図っています。これにより、福島県の沿岸漁業や海面養殖業の水揚げ量は徐々に回復しつつあります。
3-2. 検査
福島県では公的検査と漁協の自主検査が行われています。公的検査では、国の基準値(100ベクレル/kg)を超えた場合、出荷制限が指示されます。漁協の自主検査では、自主規制値(50ベクレル/kg)を超えた場合に出荷を自粛し、規制値を下回ったことを確認してから出荷を再開します。2015年度以降、福島県産の水産物で基準値を超えたのは4例のみで、2017年度以降は99%が基準値の1割以下となっています。現在、海産種に出荷制限はなく、検査結果は水産庁のウェブサイトで公表されています。これにより、消費者は安心して福島県産の水産物を購入できます。
3-3. 基準値設定の考え方
食品からの被ばく量を年間1ミリシーベルト以下に抑えるため、放射性セシウムの基準値を100ベクレル/kgと設定しています。この基準値は、セシウム以外の核種の影響も考慮し、全流通食品の50%が基準値の放射性物質を含むと仮定して算出されています。基準値を超えた食品は回収され、状況に応じて出荷が制限されます。これにより、消費者の健康を守るための安全基準が確立されています。
3-4. 目標は達成されているのか
政府は、福島第一原発事故による食品からの被ばく量を年間1ミリシーベルト以下に抑える目標を設定しています。厚生労働省(令和6年度からは消費者庁)の調査では、地元産・近隣県産の食品を購入し、簡単に調理したサンプルを基に年間被ばく量を算出しています。令和6年度の調査では、年間被ばく量は最大0.0010ミリシーベルトであり、目標は十分に達成されています。また、福島県の調査でも、放射性セシウム及びストロンチウム90の摂取量は過去の経験と変わらないレベルにまで低下しています。
3-5. トリチウムのモニタリング
水産物の安全性と消費者の信頼確保のため、トリチウムを対象とするモニタリングが実施されています。精密分析と迅速分析の両方が行われており、精密分析では検出限界値が最大0.4Bq/kg程度、迅速分析では検出限界値が10Bq/kg程度です。これにより、トリチウムの濃度を正確に測定し、迅速に結果を公表することで、消費者の不安を軽減し、風評被害を抑制することを目指しています。
4. 資源エネルギー庁
「福島第一原子力発電所の廃炉とALPS処理水の処分について」
福島第一原子力発電所の廃炉作業は、燃料と燃料デブリの取り出し、汚染水対策、ALPS処理水の海洋放出、廃棄物の処理・処分を含みます。ALPS処理水は安全基準を満たし、IAEAの監視下で処分されています。実際の廃炉作業やALPS処理水の処分は、地域の復興とあわせ政府の監督の下に進行しており、環境の回復と住民の安全が図られています。
4-1. 廃炉の基本作業
福島第一原子力発電所の廃炉作業は、使用済み燃料の取り出し、燃料デブリの取り出し、汚染水対策、ALPS処理水の処分、廃棄物の処理・処分の5つの主要な作業から成ります。使用済み燃料はプールから安全に取り出され、燃料デブリは原子炉格納容器内から取り出されます。汚染水対策では、汚染源に水を近づけない、汚染水を漏らさない、汚染源を取り除くという3つの基本方針が採用されています。これらの作業は、段階的かつ安全に進められています。
4-2. ALPS処理水の処分
ALPS処理水とは、多核種除去設備(ALPS)でトリチウム以外の放射性物質を除去した水です。処分方法としては、海洋放出が最も確実とされ、2023年8月に海洋放出が開始されました。放出前には再処理を行い、安全基準を満たすことを確認しています。IAEA(国際原子力機関)の監視の下、放出後もモニタリングを実施し、安全性を確保しています。これにより、廃炉作業の安全性と地域の復興が図られています。
4-3. 廃棄物の処理・処分
廃棄物の処理・処分は、放射性廃棄物の適切な保管とリスクの最小化を目指しています。廃棄物はその放射能レベルに応じて分類され、適切な施設で保管されます。将来的には、さらなるリスク低減を目指して、廃棄物の量を減らし、建屋内での保管に移行する計画が進められています。また、廃炉が完了した後の具体的な姿については、さらなる調査と研究が進められています。
4-4. 地域の復興
福島第一原子力発電所周辺の環境は、放射性物質濃度が大幅に低下し、飲料水基準を満たしています。周辺住民や環境へのリスクを低減し、安心して暮らせる環境を取り戻すための取り組みが進行中です。避難指示区域の縮小や住民の帰還が進み、被災事業者の再建や新しい産業の育成が活発化しています。これにより、地域の復興と再生が着実に進んでいます。
<まとめ>
福島第一原子力発電所の廃炉作業は、政府の監督の下で進められ、燃料と燃料デブリの取り出し、汚染水対策、ALPS処理水の海洋放出、廃棄物の処理・処分が主要な作業です。消費者庁は消費者意識調査やリスクコミュニケーションを通じて風評被害の抑制を図り、厚生労働省と農林水産省は食品中の放射性物質の検査と管理を強化しています。水産庁は福島県産水産物の安全性を確保するための検査とモニタリングを実施しています。これらの取り組みは、地域の復興と安全性の確保を目指して進められています。
<資料>
※令和6年11月18日現在、資料は未公開です。
<一次情報>
食品に関するリスクコミュニケーション「食品中の放射性物質~今と未来への歩み~」の開催及び参加者の募集について
https://www.caa.go.jp/notice/entry/039716/