オームは笑わない、迷わない〜映画『アクアマン』二部作への愛とツッコミが止められない14
迷いまくる兄アーサーとは対照的に、全く迷わないオーム。もう決めてしまった自分の道を、脇目も振らず(ヴィランとして)突き進むけれど……。笑わず惑わず悪事を働き、誰に裏切られてもヘーキなオームに、やっぱりツッコミが止まりません。
映画『アクアマン』にて、主人公アーサーは自分の生きる道を探し求め、その過程でとにかく迷う。迷うがゆえに柔軟に変化し成長する。
対してメインヴィランである弟オーム、地上侵攻を企むアトランティスの王は、とにかく迷わない。心に決めた唯一の道をひた走り、それが崩壊したときには彼自身も崩れ去ることになった。
↓からなんとなく続いてます
芝居がかってるのが似合うキャラ、オーム
前作『アクアマン』でのオームは登場シーンのほとんどが海の中で、アーサーやサブヴィランのマンタと比べて動きが少なく感じ、正直ちょっとインパクトに欠ける印象だった。けれどアニメっぽい髪型にアニメっぽいスーツ、見た目派手めの芝居がかったキャラ(←褒めてます)で、ビジュアル的に分かりやすい点が良いヴィランだと思った。彼だけ*やたらスローモーションになるし(そこでトライデント粉砕されるとき天地逆転するショットがかなり好き)。表情のアップ**も多い気がするし。
いかにも「悪い王様です」という雰囲気を醸しつつ、海中をユラユラしてゆるくポーズ決めながら発声良く演説する(内容はだいたい挑発か脅迫)。セリフもそれに似つかわしい、いちいち大仰なもので、もしかして脚韻でも踏んでるかとつい耳を澄ましてしまった(少なくとも脚韻と頭韻は踏んでいないようだ)。
で、その芝居っ気と少しだけ関連して。オームにはどこかこれまでの人生、ずっと演じてきたようなところがある(と感じてしまうのだ)。
笑わず迷わず悪事を遂行するオーム
オームは笑わない。アーサーに向ける嘲笑や周囲に示す酷薄な笑いなど、他者に見せつけるための笑みを作ることはあっても、感情のままに自然に笑うことはない。
彼はひとりでは決して笑わない*。悪事の後ほくそ笑むようなこともしない。作り笑いで暴力行為を働いて、終えるとスッと無表情になる。沈痛の色を押し隠したような、かすかに切なげな表情に見えるときもある。
どうにもちぐはぐに思え、そのえげつない行為は心から納得の上でしているのか?まさかしたくもないことを、なんらかの理由で自分に強いているんじゃないか?とか勘繰ってしまう。よけい悪いけど。
そして、オームは迷わない。淡々と着実に悪事を遂行する。
何考えてるか分からないオーム、だけれども
オームはめったに本心を見せない。周りに示すための表情を作りはしても、感情を顔に出すことはあまりない(ネレウスに挑発されてわりと簡単にムッとするとか、コロシアムでメラに不意打ちされて泡吹きながらブチ切れるとかもあるにはある)。思いを口に出すこともほとんどない。要するに、何を考えているのかよく分からないのだ。
けれどアーサーと初めて2人で向き合ったとき、そのわずかな例外が起きる。
コロシアムでの決闘前、オームは同席していたバルコとメラに退出を促し、兄弟は2人きりになる。またもや芝居がかってカラゼンの伝説を披露するオームに、アーサーは歩み寄って語りかける。何よりも会うことを願っていたときもあったのに。おれの弟に伝えたかった。お前はひとりじゃない、おれがいると。こんなクソヤローだとは知らなかったから。
オームは黙ってアーサーを見つめ、決意したように口を開く。母が処刑されてから、ずっとお前を憎んできた。でもアーサー、お前を殺したくないんだ、と。かなり強い否定の表現を使っている。しかも本当に殺したくなさそうな顔をして(←言い方)。
本当に殺したくなさそうなオームはさらに畳みかける。地上へ帰れ。二度とここに戻るな。お前は勝てない、戦争は止められない、わたしが地上に知らしめる。七つの海の怒りを(やっぱりちょっと芝居がかっている)。
もちろんアーサーは引かない。そうはさせない、と返すと、だろうな、とオームが受ける。このとき、かすかに微笑んでいるように見えなくもない。賞賛の色とまでは行かなくとも、「そういうやつなんだろうな、お前は」みたいな感じに(←言い方)。
本当にアーサーを殺したくなかったオーム
オームは前作のほぼ全編にわたって兄を蔑み敵意を向け、差別的な言葉を使って呼ぶが、このときばかりはそんな様子は微塵もないし、ちゃんと名前で呼んでいる(アーサーは続編の最後になるまでオームを名前で呼ばないのに)。ていうか名前知ってたんだね、アトランナから聞いてしっかり覚えていたのかな?
そして地上に帰そうとする。ネレウスやらその他の国やらにあれこれ言わせず、自分がアトランティスの唯一無二の王だと認めさせるには、アーサーを決闘で倒すのが最も手っ取り早いと考えていながら。
だからおそらくは本当に殺したくなかった。王座の間で、心臓を貫いてやりたかったが実際会ったら葛藤がある、と言っていたのも嘘ではなかった。
心を殺して演技してきたオーム
オームはアーサーを憎んでいたと言うけれど、仮に父オーバックス王の影響がなかったらどうだったろう。続編である今作『アクアマン/失われた王国』におけるセリフでは、幼い頃から父王に実の兄への敵意を繰り返し植え付けられていたことが分かる。
それも含め、かつてオームの身に起きただろうことを考察してみると。ある日突然愛する母が父に殺された。理由は結婚前の出来事への嫉妬(バルコ談)。父は絶大な権力を持つ王であるため誰に咎められることもなく、自らの王座を継がせるべくオームに誤った道を教え込んだ。オームは母の死を十分に悼むことも、母を奪った者を憎むこともできず、何事もなかったかのように父に従い続けねばならなかった。
まじめに突っ込むと、これ、 10歳にもなっていない少年にとって悲惨としか言いようのない経験でしょう。受け入れがたい現実と折り合いをつけ、なんとか自分を保ち続けるために、幼い身で相当の努力を要したはず。
ひとつの解釈として、オームは母が父に殺された日から、ずっと心を殺してきた。どう感じるかやどうしたいかは関係なく、つらすぎる現実を受け入れるためのストーリーを作り上げて自分に信じ込ませ、そのとおり演じてきた。すなわち、父は全て正しく母は全て間違っていた、父の教えこそ絶対的な真実だと。純血主義も排他主義も、地上やアーサーへの憎しみも、そこに連なっていた(海を汚染し続ける地上への反感はもともとあったかもしれないけれど)。成長とともに、そのストーリーはますます強固なものになっていっただろう。
決めてしまっているから迷わないオーム
幼い頃心に決めた内容を、感情を排して演じることでオームは生きてきた、だから迷わない、迷う余地がない。そう考えてみると、いろいろなことにつじつまが合う気がするのだ。
アーサーのことも、本当に憎悪の念を抱いていたというより、そうする必要があったから憎んでいた。地上とそこにルーツを持つ兄を敵視し続けないことには、そして母の死を兄のせいにして父を正当化し続けないことには、オームのストーリーもオーム自身も破綻してしまうから。
けれど初めて兄と会い、2人きりで向かい合ったとき、アーサーがそっと兄弟愛をささやいた(?)のがきっかけかは分からないが、オームはふと本心をさらけ出した。このときだけは兄を貶めることも、差別的な用語で呼ぶこともしなかった。
その後アーサーを乗せて逃亡するメラの船を撃墜したときも、本心が顔に出てしまう。自分が攻撃したにもかかわらず愕然とし、船がマグマ溜まりに沈んでいくのを悲痛な表情で見送る。兄と、共に教育を受けた幼なじみでもある婚約者を手にかけてしまったと思って。
しかしどちらのときもすぐに気を取り直して(?)決めた道に立ち返り、アーサーを思いっきりボコったり、マンタを再び雇ってあっさり「2人とも殺せ」と依頼したりする。
誰に裏切られても平気なオーム
迷わないオームは、地上侵攻という目的に向かって突き進む。彼にとってこれこそストーリーの行き着く先だから、立ちはだかるものは何であれ(作り笑いで)排除する(で、その後無表情になる)。
王座の間の様子からはバルコとメラがアトランティスのナンバー2、ナンバー3相当であとは兵がいるのみに見えて(ジェダイ……いやアトランティス評議会は前作では影も形もない)、アトランティス人的リソースすくな!ていうかメラはまだ他国の人だろうし!!となるのだけれど、そのバルコとメラ2人ともにオームは裏切られている。しかし、動揺したり衝撃を受けたりする様子はほぼない。自分に信じ込ませた道に沿っている限り、誰に裏切られても平気なのだ。
バルコに、なぜ裏切った、と問うたときオームはこう述べる。わたしは純血だ、この国に人生を捧げてきたと(アーサーが迷いの末に定める生き方、「陸と海の間の存在」「全ての人のために戦う英雄」と対極を成していることが分かる)。王座に尽くすと誓ったお前がなぜ?!と声を高めるオームに、バルコはむしろ悲しげに告げる。王座に尽くしているからこそアーサーに賭けたのだと。アーサーは半分だけのアトランティス人かもしれないが、すでにあなたのなり得る器より倍も優れた王であると。静けさに決意をにじませた口調でけっこうきついこと言っている。
悲しげにも穏やかな物腰で王としての適性をメタメタに全否定され、アーサーの半分以下と評され、オームがどう反応するかというと、やはり平気でただニヤリと愉快そうに笑ってみせ(この笑顔はかなり本気で怖い。というか不気味)、兵に命じてバルコを連行させる。
バルコとオーム
ちょっと勝手な憶測を働かせると、バルコは、オームに本音をぶつけて反応を見たかったのでは。自分に意見を言わせつつも聞く耳を持たず、いつも作り笑いで淡々と悪事を遂行するオームの、心に少しはなにか食い込まないか。それが全く刺さらず響かず、やはり笑みを作るだけなので、バルコはがっかりしたのではないだろうか(そんな表情で連行されていくようにも見えたので……)。
でもオームからすれば、全てが感情を抑圧した演技の一環。彼のストーリーでは、純血の自分がアーサーより優れていることは揺るぎない事実なので、そこをとやかく言われても心は動かない。笑ってみせるくらいしか反応のしようがなく、バルコを捕らえさせた後はまた無表情のようにも、切なさを押し殺したようにも見える顔になる。
バルコもメラも、初めのうちはさんざんオームをまともに戻そうとしたけれど果たせなかったのかも。彼が自分を守るための殻が強固すぎて。それと並行するように、バルコは不測の事態に備えてアーサーを鍛え続け(なにしろアトランナと約束したからね)、次第に本気でアーサーを王にしようと考え始めたのかも、とか、いろいろ想像してしまう。
敗北とアトランナとの再会、オームの道は崩壊する
そして前作の最後で、オームのストーリーは崩壊の時を迎える。
アトランのトライデントを継承し再び挑んできたアーサーに完敗したとき、オームは父王のトライデントを粉々に打ち砕かれるとともに、多くのものを失くした。彼なりに全人生を懸けて尽くしてきたアトランティスという国の王の座、「王として地上人の破壊行為から自国を守る」という強い決意、純血の自分が地上の血を引く兄に劣るはずがないという思いなど。しかしあくまでも誇り高く、胸を張ってアーサーのトライデントを受けようとするが、アーサーはとどめを刺すことを拒否し、トライデントを引く。殺せと強く迫るオームの前に、処刑されたはずの母アトランナが現れる。
このとき、オームが拠って立ってきたストーリーの根幹が消失した。父とその教えに盲従し母とその教えを全否定し続けること。地上世界とその血を引く兄に、母の死の責任を負わせて憎み続けること。
母を奪われた日、幼かった自分を過酷な現実から守るために作り上げた虚構は、母が生きていたことで必要なくなった。それは同時に、彼が自分に固く信じ込ませた、生きるための道が崩れ去ったことを意味した。
兄は自分が何者かを知り、弟は自分が何者かを見失った
アーサーにしていたのと同じように、オームはそれまでアトランナのことを常に貶めて話していた。母は欠陥品で、恥ずべき行為をした裏切り者だと。けれど実は生きていたアトランナと再会したこのとき、本心では彼女のことを全く悪く思っていなかった、ただただ慕い続けていたことが分かる。
アトランナと抱きしめ合ったオームだが、殺されたと思っていた彼女は20年ぶりに現れるしアーサーにはボロ負けするし、その結果これまで生きてきた世界は根底からひっくり返ってしまったしで、もうなにがなにやら分からない(かわいそうに)。
そんな彼をアトランナは、心から愛してる、と告げたうえで優しく諭す。あなたは誤った道を教え込まれた、父親は間違っていた、 2つの世界なんてない、陸と海はひとつなのだと。深くうなだれたオームはバルコの指示で捕らえられ、声をかけたアーサーと無言で視線を合わせた後、波間に消えていく(オームを象徴する楽器の1つトロンボーンの、低いC♯の繰り返しが非常に印象的)。
全編を通じて、迷い悩み変化し続けた兄アーサーは、自分が何者かを確信することになった。それとは対照的に、迷わず惑わず決めた道に固執し続けた弟オームは、自分が何者かを見失うことになった。これにて兄弟の闘いの物語は幕を閉じる。
ヴィランとしての役割を果たし、きれいに退場していったオームですが、続編『アクアマン/失われた王国』で早くも再登場。兄弟2人の新たな局面に、またツッコミを入れたいと思います!
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