アーサーがオームの名を呼んだとき(の弦と木管)〜映画『アクアマン』二部作への愛とツッコミが止められない7
闇落ちしかけたオームの名をアーサーが呼んだとき、何が起こったか?映画『アクアマン/失われた王国』の、音楽で表現されるオームの転換点、兄弟の心の交流としばしの別れについて、やっぱりツッコミが止められません。
物語終盤、オームがアーサーに支えられ内なる闇に打ち勝つ展開は、おそらく映画『アクアマン/失われた王国』の見せ場の1つだろう。が、初回はよそに気を取られ(トムとジュニアが襲われたところで映画が終わらなかったことと、オームがネレウスを裏切らなかったことにほっとしてしまい笑)、「あーそこはそうなるよね!」くらいにさらっと見た。
なのにその後、オームの内面の変化が音楽で表現されていることにハマり、このシーン周辺にもツッコミが止められなくなってしまった……。
というのも、明らかにアーサーがオームの名を呼んだ瞬間、「善のオーム/本来のオームの動機」というべきものが出現し、以前の「悪のオーム/オーシャンマスターの動機」を消し去る。それ以降、音楽と行動の双方で、オームが完全に過去の呪縛から脱したことが示されるのだ。以下、ちょっと細かく見ていってもいいでしょうか。
「動機」についてはよろしければこちらも。
ブラックトライデントに触れたとき、兄弟に起こったこと(と、金管)
クライマックス近く、オームはメラとジュニアを救うためブラックトライデントをつかみ取り、コーダックスに憑依され操られてその封印を解く。コーダックスの復活を目前に、アーサーはオームからブラックトライデントを取り上げようとする。
オームは抗う。かつて王として国に人生を捧げた記憶をコーダックスに利用され、アーサーに敵意を向けて「今こそわたしの運命を取り戻す、アトランティスに必要なのは真の王だ」と胸の奥から絞り出すように告げる。
この間、オームの動機(オーシャンマスターの動機とも呼べる、前作『アクアマン』での悪のオームの動機)がさまざまな変奏で現れる。憑依された瞬間は低い金管と打楽器で最高に重々しく、アーサーにブラックトライデントを向ける際は高らかなコーラスを伴い悲劇的に、過去の勝利の幻影に囚われているときは金管鳴り響き勇ましくも切なく。
ブラックトライデントに触れたアーサーもまたコーダックスに侵入され、「その男が変われるわけがない」と吹き込まれ猜疑心を起こす。先ほどまで無条件に信じていたオームに「お前はこうすると思ってた」と言ってしまう*。しかし、意志の力でその影響を振り払う。そして兄弟は同時に、初めて会ったときに起こったことと、アトランナとの約束を思い出した。
アーサーから見た弟オーム
かつて地上侵攻を企てたクソヤローだけど、血を分けた弟、愛する母アトランナの愛する息子であるオーム。ここ数日は目的を同じくして共に闘い、自分は殴ってもいいけどほかのやつに殴られるとムカつくくらいの情はあるが、まだお互いのことはほとんど知らない。そのオームが目の前で変なのに取り憑かれて、人生こんなはずじゃなかったとかアトランティスの王がどうだとか、わけわからんことを言っている。
ここまでの流れから考えると、メラとジュニアを狙われ「Get away from my wife!」「Get away from my son!」(おれの妻/息子から離れろ!)と2人を守ったアーサーは、「Get away from my brother!」となるところ(そうは言わないだろうけど)。弟を救いたい、でも今度は力で解決することはできない、オームに刃を向けているのはオーム自身だから。
アーサーのきもち(と、コーラスとピアノ)
過去の呪縛に苦しむ弟を目前にして、アーサーは兄弟で守り合うというアトランナとの約束と、4年前にオームと初めて会ったときのことを思い出す。分かり合えたとは到底いえないけれど、一瞬互いの本心を垣間見たときのこと。
音楽が変化する。調も拍子も変わる。打楽器と金管が遠のき、コーラスが高まり弦が端正に刻み、悲壮だった雰囲気がどこか神秘的なものになる。ピアノがかすかに鳴り、4年前の会話のシーンを想起させる。
アーサーは、ブラックトライデントをもぎ取ろうとしていた腕から力を抜く。オームに微笑み、いくぞ弟、2人でこいつをぶっ倒そうと言う。そして少年の頃、弟の存在を知ってからずっと言いたかったこと、4年前は言えなかったことを伝える。何があってもお前はひとりじゃない、おれがいる。おれたちはずっと一緒だと。お前はおれの弟だと畳みかけ、オームの名を呼ぶ。ここたぶん初めて名前で呼んでいる(オームの方はそれこそ初対面で2人きりになったときから、何度かアーサーって呼んでいるのだけれど)。
それを受けて、オームの内面に変化が起きる。
オームのきもち(と、弦と木管)
オームは前作の終わりに、それまで見ていた世界が根底から覆り、信念も生きる指針も自らの存在意義も失った。彼にはどこか、与えられた役割を感情を排して演じることで生きてきたようなところがあるが、それが舞台ごと消え去ってしまった。
新たな生き方を見つけるどころか明日の命も知れない過酷な環境に耐え、急に外界に出されたものの先の展望はなく、自分はいったい何者なのかも見失ったまま。「国に人生を捧げた王だった過去」しかないから、容易にそれに引きずられてしまう。けれどコーダックスに心を蝕まれながら、ふとアトランナとの約束と、アーサーと初めて会ったときのことを思い出した。かつて会うことを何よりも願っていたのにと言われ、黙って見つめ返したこと。母の処刑以来ずっと憎んできた、でもアーサー、お前を殺したくないと静かに告げたこと。
さっきまで「おれがケリをつけるから手を離せ」と息巻いていたアーサーが、自分に微笑み「2人でこいつをぶっ倒そう」と言ったとき、もしかしたらオームの耳には、お前を苦しめているものに一緒に立ち向かおう、と聞こえたかもしれない。お前はひとりじゃない、おれがいる、おれの弟だと語りかけられるとはっと目を見開き、問いかけるような、じっと耳を傾けるような表情を見せる。
そしてアーサーがオームの名を呼ぶと同時に、弦と木管でゆるやかにオームの動機の変奏が始まる。オームは再びはっとしてその声に聞き入る。優しい顔で(涙までひとつぶこぼして……)「手を離せ」と言われた後、オームは指を開いてゆっくりと腕を引き、静かにブラックトライデントから離れる。
オーム、過去の呪縛から脱する
オームはアーサーと異なり、ひとりではコーダックスの支配から逃れられなかった。けれどアーサーに寄り添われ「自分にはアーサーとアトランナがいる」と強く思ったとき、闇を振り払い過去の呪縛からも脱することができた。生き方を見つけるのはまだこれからだけれど、「かつて国に人生を捧げた王だった自分」しか認識できなかったオームがこのとき「母を愛し母に愛される自分」「お前はひとりじゃない、おれがいる、と言ってくれる兄がいる自分」を選び取れたから。
「運命を取り戻す」のに王座もトライデントもいらないのだと、オームは同時に悟った。ブラックトライデントにしがみつく理由もなくなり、自ら手を離した。
「善の/本来のオームの動機」とキーワード
弦と、(本二部作ではめずらしく)木管を前面に出した優しくゆるやかな変奏は、オームが闇を抜け光に向かったことを明確に示している。
いわば「善のオームの動機」だが、善というより「本来の」、むしろただの「オームの動機」と呼びたくなるのは、アーサーが発した「オーム」というワードと明らかに連動しているから。これまでの「悪の」オームの動機が、前作では「オーシャンマスター」と連動していたように。
なにもアーサーが名前を呼んだから、オームの呪いが解けていい子になったわけではない(だろう)。でもアーサーと共有する大切な記憶に力を得て、オームは闇に打ち勝ち「本来のオーム」の動機が現れた。それをアーサーが初めて*呼んだ「オーム」に連動させるというのは、うまいというのか凝っているというのか、分かりやすくはないけれどよく作ったなあと思ってしまった。
オーム、闇と決別し光にたどり着く(ホルンと弦、アトランティス王国の動機)
これまでのオームの動機(低い金管や打楽器が目立つもの)は上書きされ、以降は現れない。音楽においても実際の行動においても、オームが闇と決別し、最終的にアーサー側にたどり着いた様子が描かれる。
コーダックスは復活を遂げるが、アーサーのトライデントの一投で倒される(たぶん生き返って1分ほどで。かわいそう……)。直前にオームがアーサーのトライデントを拾い上げ、本人にパスする描写があるが、その際オームがブラックトライデントを手離したときの音楽の変奏が現れる。これはオームが完全に王座への執着を手離したことの暗示と考えていいと思う。
兄弟はコーダックスの王の間を脱出し、氷山の上でメラたちと合流する(ここでオームがネレウスに本人のトライデントを渡すのも、先ほどと同じ暗示に思える)。アーサーはオームを自由の身にしようと決め、しばらく身を隠すよう忠告する。そこから兄弟の最後の対話としばしの別れが描かれる。
ホルンと弦
おだやかなイ短調の中で弦が次第に高まり、アーサーが手を差し出すところ、オームが応えてぐっと握るところでそれぞれ印象的なホルンが入る。そのままホルンと弦が順番に優勢になって絡み合う。弦で高くやわらかにオームの動機の変奏が入る。
この変奏を含みつつ響き合う弦とホルンの音色は、とうとう2人の心が通い合ったことの証のよう(に思えて、かなり好き)。
そしてしつこいようですが、ここのやりとりの最後のところがほんと好き。悪魔の深奥でアーサーが橋を架けたときの互いのセリフを引用し(オームはアーサーのマネして悪い言葉を使い)、笑みを交わし、からかい合いつつ認め合うのほんとに愛しいです。
アトランティス王国の動機
今作はセルフオマージュというのか、構造上かなり前作をなぞっているところがある(と思っている)。二部作のどちらも、オームが海中へと退場した直後のアーサーのシーンで大団円が訪れる。
前作ではオームが捕らえられ波間に消える際、彼の行動に合わせてただただ低い金管のC♯が鳴っていた。今作では、アーサーに最後の言葉を告げて笑み交わした後、オームが海に飛び込む際には金管のAの2連打に続いてアトランティス王国の動機(前作でのオーバックス/オーム側に対する、アーサー側のアトランティスの動機)の変奏が流れ、オームが完全にアーサー側に転じたことが示される。
ここまでのかずかずの「裏切るフラグ」(「悪の」オームの動機を伴い、ネレウスに「信用するな」と評されたり本人が含みのある行動をしたりする)も、単なるギャグやフェイントにとどまらず、オームがまだ光と闇の狭間にいること、定まっていない存在であることの表現だったのかも。「本来の」オームの動機以降、光に固定されることとの対比なのかも、と思うようになった。
おまけ:実は成就する、オームの願い(?)2つ
最後に。すごくいいなと思ったのは、コーダックスの影響下にあったオームがアーサーに告げた2つのセリフに関して。
「今こそ、わたしの運命を取り戻す」
「アトランティスに必要なのは真の王だ」
こう言ったときオームは過去の幻影を見ている。トライデントを自分に突きつけ「王座を明け渡せ」と迫るアーサーの姿と、コロシアムでアーサーを打ち負かし「われこそが真の王だ」と高らかに国民に誇る自分の姿。コーダックスには「そいつに渡すな(←このときにはブラックトライデントを、だが)」「お前こそが真の王だ」と唆されている。
でもオームはなぜか、見ている幻影や唆されている内容のように、「王座を返せ」とか「わたしこそが真の王だ」とは言わない。あくまでも上記の2つのように言っている。
で、この2つ、結局実現する。
オームは過去に囚われることをやめ、いわばマイナスからゼロになり、新たな生き方を模索する段階に入った。これからの人生を主体的につむぐ準備が整い、自分の運命を再びその手に取り戻すことができた。そして海と地上の架け橋となり世界を救ったアーサーを、心からアトランティスの真の王と認め、前王として国の将来を託した。
これけっこう感動しました。たまたまかな?とも思ったけれど、回想シーンともコーダックスのセリフともあえてずらしているので意図的なものなのでしょう。オーム救われてる!愛されてる!誤解で「扱いがザツ」とか言って悪かった!
ここまできたら、コーダックスに乗っ取られて発した「My eternal night is ending.」にも、オームのセリフとしての意味を持たせたくなってしまった。オーム、君の永遠の夜は終わって、とうとう夜明けがやってきたんだね。
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