ホームレスと私とオールドパー

その浮浪者に違和感を持ったのは、彼のかけていた眼鏡だった。
高価なべっ甲の眼鏡をかけた、ホームレスになり、そう年季は経っていないだろうなと思わせる、そこそこ新米の浮浪者に見えた。

私の住む浅草の墨田川沿いは、数キロに渡り綺麗に整備され、墨田川テラスと名付けられた川風の気持ちの良い場所で、季節や時間を問わず犬を連れて散歩する人やジョギングをする人が絶えない憩いの場だ。そしてその中には、浮浪者も時折見かける。

今年の夏、体調を崩していた私は涼しくなった秋の終わり頃、ようやく墨田川沿いのウォーキングを再開した。ずっと体を動かしていなかったので、以前は休むことなく一時間近く速足で一気に歩けたのだが、体力も随分と落ちていたので所々に設置されたベンチで休み休みでしか歩けなかった。

そのベンチの数席横にその浮浪者が座った。

何気なくそちらを見たら、そのべっ甲の眼鏡の年配の彼がいた。
そもそもとして、眼鏡をかけた浮浪者を見たのは初めてだった。ましてや、高価なべっ甲の眼鏡をかけた人は。
さりげなく観察すると、着ているのは薄汚れてはいるがSLAMのジャンパーだった。
ヨットマンなら直ぐに分かる、セイリング用のSLAMと言うブランドのジャンパーは、べっ甲の眼鏡と共に私の興味を惹いた。

元々は、ヨット乗りで、高価な眼鏡をかけるような生活をしていたであろう人物が、なぜ浮浪者になったのかは分からないが、事業の失敗と言ったところだろうか。60歳前後と思しきその男性は、虚ろな目で隅田川をじっと眺め、ひどくくたびれていた。

驚いたことに、次の日の早朝も歩きに出かけたら、彼は同じベンチで前日と変わらず、ただぼおっと座っていた。
そういえば、ホームレスにも縄張りや階級があると聞いたことがある。
テントを張る気力も場所もなく、全財産はたった二つのナイロン製のバッグだけ。

まだ、暑くもなく寒くもない季節だったのでどうにかしのげれていられる新米の浮浪者は、これからどうするのだろうと心配になったが、それが彼の人生なのだ。いい時もあっだろうし、今は悪い時なのだ。
他人が口出しすることではない。

ある日、墨田川テラス以外で彼と出くわした。

近所のコンビニへ行ったら、その入り口でうろうろしていた。
私が買い物を終えて店から出てきた時も、まだうろうろしていた。
見かねた私は店内に戻り、オールドパーの小瓶と、お茶とスポーツドリンク、おにぎりとお惣菜、始まったばかりのおでんを買い、その買いもの袋を彼に無言でグイっと有無を言わさず差出し、彼はそれを無言で受け取った。

私は、彼のことを認識していたけれど、彼にしてみれば見知らぬ女性から急に差し出された食品である。きっと戸惑ったと思うが、食べ物があるに越したことは無い。

最近の朝は寒いので、私はまたウォーキングを中断していて、今も彼があのベンチに座り隅田川を眺めているのかどうかは分からない。

その話を友人にしたら、ホームレスの差し入れに、とっさにコンビニでオールドパーの小瓶を真っ先に買うところがあなたらしいわ!お酒飲まない人かもしれないじゃない!と笑われてしまった。

でもね、酒飲みの私が、飲めない環境になったとき、オールドパーとおでんを差し入れられたら最高に嬉しいよ。











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