「忍たま乱太郎 ドクタケ忍者隊最強の軍師」感想 雑渡さんについて考える ※ネタバレあり
はじめに
最近忍たまにハマった友達に勧められて映画公開前から少しずつ教えてもらったおすすめ回を見てから映画を見に行きました。あっさーい知識で感想&ちょっとした考察を書きますが、暖かい目で読んでください。
全体の感想
オタク語りの前に真面目な感想を書かせていただこうと思います。
めちゃくちゃおもしれぇな、おい!!!
あの短い映画によくこれだけのものを詰め込んだなと感心しました。
ストーリー、作画、殺陣、テンポ感・・・、全て完成された作品になっていて本当に子ども向けアニメ映画なのかと驚愕し続けた90分でしたね。
しかしあくまでも子ども向けアニメ映画。血飛沫が彼岸花、死体が藁人形に置き換えられていましたがまたそれがいい味を出している。彼岸花や藁人形という、日本人であれば誰もが不吉や気味の悪さをイメージしますけど、直接的表現をそれらに置き換えることによって逆に映画の味を深めている素晴らしい表現でした。また、室町時代にあまり詳しくないのですが物乞いをする貧民の描写、領地同士の情勢、忍術学園・ドクタケ忍者隊・タソガレドキ忍軍の動きなど、子どもが成長を重ねるにつれて見直していくと発見できるところや面白さが増えていく細かい描写も素晴らしいと思います。年齢を重ねる事で、小さい頃には気にしなかったキャラクターの魅力にも気づけるでしょう。おそらく私も気づけてない、ちゃんと理解していないところがあるでしょうが、是非小さいお友達は大きくなってから見直して欲しい作品ですね。
推し語り
さてさて真面目な話はここまで。ここからオタク語りになりますが、大きなお友達の皆様は誰の沼に沈みました???
土井先生ですか?1年は組ですか??6年生ですか???5年生????利吉さんですか?????私はですね・・・
雑渡昆奈門です。
頷いてくださる大きなお友達はいらっしゃるでしょう。奴はとんでもないものを奪っていきました・・・。
映画を見に行く前から推しにはなっていたのですが、映画でこんなに活躍なされるとは思いもせず。子ども向けアニメにいていいキャラクターではないですよ、ほんと。小さいお友達の性癖を小さい頃から歪めるんじゃあない。
普段はなんか時々顔を出す、多分なんかすごい人って立ち位置の雑渡さんでしたが、今回の映画ではひたすらにプロの忍者として、一つの集団の長としての格を見せつけましたね。さすが最強と名高い忍軍の組頭。
今回の映画で沢山の雑渡さんが見れてホクホクなのですが、多分土井先生と利吉さんの比較対象として描写されていた部分が多かったのかなと思います。先生としての土井先生と雑渡さん、フリー忍者の利吉さんと城使え忍者の雑渡さん・・・。多分他にもあるかもしれません。2人の比較について語っていきますが、なんせ雑渡さん推しのオタクの戯言です、お付き合いくださる方だけ読み進めてください。
先生として
多分雑渡さん、先生もできちゃうと思います。なんなら土井先生より良い忍者を育てるかもしれない。ただ雑渡さんの先生としての在り方は、「良い先生」というより「良い上司」なんですよね。
劇中、威圧授業後、即座に尊奈門に先生役を押し付けて生徒側に回り質問する形式の授業に軌道修正、実技の手裏剣授業で は組のみんなが知恵を絞った後に背を向けて投げる際も頭ごなしに怒るのではなく理由を聞いてやらせてみるシーンなど、意外に生徒の主体性を促している。恩義を感じているといっても忍者に向いていない思想を持つ伊作くんに良くしたり、伏木蔵くんを膝に乗せる様子を見ていると、忍者だからといってただの駒、感情を抑圧する忍者を育てることを容認する人ではないんだと思います。忍者としての腕、臨機応変さ、情が深いなど良い先生としての要素も十二分に持っていますけど、前述したとおり「良い上司」としての要素にも当てはまるんですよね。劇中、生徒の不満への払拭やフォローはない(組頭の仕事も兼職しているため時間がないのもあるでしょうが)、しかし部下である尊奈門へのヘイトコントロールはしているなど先生より上司としての動きが強い。多分雑渡さんが先生なら土井先生みたいに生徒の弱点への補修教材を作ったり、生活にまで口を出したりはしないでしょう。導きはする、指導もする、でも完全には寄り添わない、生徒を想ってするのではなく最終的に領地への利になるか否かで判断する思考を持つ人だから上司にはなれても先生ではないんだと思います。
※領地への利になるか否かで判断できる人と書きましたが、映画終盤の雑渡さんが自分のみにヘイトがむくような言動をしている様子から、自分以外の周囲から部下が切り捨てられないよう立ち回ってるんですよね。あと、大やけどの原因が部下を助けるためだったなどのエピソードなどをふまえると、雑渡さんは自己犠牲的に立ち回る人すぎる。「良い上司」から逸脱しすぎている、他人に対して情が深すぎるところもあります。
雑渡さんと利吉さん
この二人の比較も面白かったです。雑渡さんVS利吉さん達卒業生のシーンは忍びとしての活動期間が違いすぎるので、雑渡さんが勝つのは当たり前として。大きな違いを感じたのはやはり立場です。
城使えの雑渡さんとフリーランスの利吉さん。領地や部下などあくまで全体の利を考え個の利を切り捨てる雑渡さんと集団に属さないために全体の利ではなく個の利を取る利吉さん。前述しましたが雑渡さんは情が深い人です。土井先生を殺すことで恩人や自身を慕う子どもがいる忍術学園から恨まれることは不本意でしょう。それでも全体の利(ここには忍術学園の利も入っていると思います)を取る自己犠牲が強いタイプです。逆に利吉さんは土井先生を殺すぐらいなら子どもが殺されることを良しと判断する自分の欲に忠実なタイプです。利吉さんがどこまで考えていたのか、あれが本能的な行動だったのかは分かりかねますが、子ども達を殺してしまった後の土井先生の今後を考えるとあくまで利吉さん個人の利で動いてしまっている。八宝斎の思惑に乗ってしまってるんですよね。若さゆえの思慮の浅さで利吉さんの人間らしい所だと思います。やはり成熟した大人である雑渡さんとまだ大人になり切れていない青年である利吉さんの大きな違いがある。ちなみに山田先生は雑渡さんタイプでしょう。
終わりに
ここまで土井先生と利吉さんと比較して雑渡さんを語りました。正直もっと語ろうと思えばいっぱいあるんですけど。
雑渡昆奈門というキャラクターはただのプロ忍者集団の長ってだけじゃないんですよね。領地の利、部下の利、忍術学園の利を全部込みこみで考えて動いている情が深く何より自己犠牲性の強いキャラクターだと思います。強くて実力があるがゆえにタチが悪い。でもだからこそ目に付くすべての傷つく人を治療しようとする伊作くんに必要以上に良くするんですかね??
とりあえずもう一回映画見に行こうと思います。雑渡さん沼が深すぎる。