【創作】ユディトの物語──クリムトの絵画
誘惑、ただそれだけの為に仕立てられたような絢爛な服を侍女は神経質そうに袋から取り出した。指先には震えがある。この極端に布地の少ない服は切れ味の悪い小剣を隠していた。ゆっくりと包みが解かれ、松明の火を受けて紅い光を放った。剣先はユディトを向いている。
「この剣はわたしたちを傷付けるためのものではないわ。わたしたちを守ってくれるものよ」
侍女に語りかけ、ユディトは剣で自らの服を切り裂いた。火照った身体からは獣の唸り声すら聞こえて来そうなほど、野性味に溢れて、──侍女は直ぐ様、艶やかな服を着せた。曲線を隠しながらも、全てを曝け出すような、悩ましげな姿だった。
「ユディトさま、よくお似合いで……」
「ありがとう。あなたも今日は早く休んで」
侍女は涙ぐみ、ユディトと口付けを交わした。
ホロフェルネスは日頃から酒を好まなかった。軍を預かる身にあっては、いかなる状況に於いても、冷徹に物事を対処する必要があったからだ。
しかし、今晩の彼は別人だった。好みとはまったく異なった特徴を具えるユディトをまるで女王の如くもてなした。のみならず、アッシリアの兵士たちも訝しむ程、心からの笑顔を見せていた。
この宴にはべトゥリアの街に伝わる特に強い酒が振る舞われていた。兵士たちは各々の一本を空にしたきり、そのまま深い眠りへと落ちていた。
ホロフェルネスの頰にも紅潮がみてとれた。目尻の皺も深くなっている。口には涎を垂らしている。
夜明けが迫りだす頃、ユディトは服の前身頃を開け、ホロフェルネスの方に向いた。
「待っていた……」
そう呟いたきり目を閉じた。両手を後ろに回し、無抵抗となった。
酩酊のまま、ユディトの柔らかな身体に身を預けた。肉体の線が互いの足りない箇所を補い合うように、ぼやけていく。輪郭は消え、窪みと膨らみは平らに。やがて合致していくさまは至高の美を生み出した。
そうして、ホロフェルネスは快楽を貪った後、昏倒した。意識を失いながらも、肌の上に血流が速いことが見て取れた。宴の最中に鑑賞していたヘブライの民の踊子、──その床を踏み鳴らす音よりも速く、彼に忍び寄る死に抗うように。
朝陽が昇った。
まだ妖美な香りが立ち込めている首元にユディトは剣を刺した。小剣ゆえか、研ぎの悪さゆえか、皮膚のすぐ下の骨に当たり、返された。
引き抜かれた剣の下に、硬貨程度の穴を視認すると、そこからまた刃を立て手許に向けて引いた。
直線に出来上がった傷に、ややあってから血液がふきあがった。更にその線の上から二度、同じ様に斬り込みを入れた。手応えを感じながら、剣を動かすうち、いつの間にか骨を断っていた。
そこから先は容易い。要領を得たユディトの手つきは冷静だった。三度目に引き斬ると、ホロフェルネスの首は床に転がり落ちた。
ユディトは生まれて始めて人を殺めた。そして街を救った。寡婦となってから、初めて味わう得体の知れない喜びが体中を駆け巡った。
ちょうどその時、思うように寝付けなかった侍女が宴の天幕の下にやって来た。昇り始めた太陽に目が眩み、薄目でユディトの姿を見た。
眩い金色の中で、口の片端から血を流し、笑みの皺を浮き立たせ、頬が朱色に染まった恍惚のユディトを。……
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