「……希死念慮が強いと?」 「どうですかね。自分でも判りませんが、死を望んでいるというより、死ななければならない、そんな考えがあります」 僕は自分の頭が通り抜けるほどの輪を作った縄をクローゼットのパイプに掛け、白い壁紙の継ぎ目を凝視する。頭の中の聖職者と会話を始めていた。 「それは、あなたの罪の意識のために?」 「多分そうでしょう。勿論罪のあるものは僕だけじゃない」 「私もそう思います。なにも悪いのはあなただけではないでしょう。そのことはだいぶ以前にもお伝えしましたが」 「
谷崎潤一郎 meets ダークファンタジー 面白そうじゃあないかッッ!!
ミリアスからの最後通告をうけ最早内戦を止められない、明日には戦争が始まる。その前夜、焚き火を囲んで最後の安寧のひととき。 焚き火の音が静かな夜に響く。梟あるいは夜鳥の鳴き声が林間を通り抜ける。 「暖かいですね」 ガブリエラの口調は穏やかだった。熱を頬に感じながら、彼女の盲目の視界にはどのような炎が浮かんでいるのだろうか。 「ガブリエラ、これをかけて」 エリヤが差し出した上着は魔女の法衣だった。薄手ながらも目の詰まった服だった。ガブリエラの膝から下を覆うように掛けた。
──しばらく雨が続くそうだ。アストリト、大丈夫だとは思うが、葡萄の様子を見てきてくれ。もし、何かおかしなことがあったら……またいつものようにな。 アストリトと呼ばれた女性は頷き、外へ出た。湿度が高い。黒く豊かな髪が、雨が降る前の曇り空に張り付くようだ。 農園の一角にある小さな葡萄畑が荒らされていた。動物たちの仕業ではない。これは誰かが意図的に荒らしたものだ。茎が切られ、実は潰されていた。 一房の葡萄の前に座り込み、柔らかな手で撫で上げた。一瞬だけ光が起こった
自ら選んだ人生も、選ぶことが出来なかつた人生も等しく価値がある どう生きるかよりも なぜ生きるかを考へよ
楡と葡萄はローマの旧くから良縁とされ一所に栽培されていた オウィディウスもこれの詩を残している 神話のモチーフとしてもよく選ばれている 私の遺すものといえばせいぜいが紫陽花と蛇苺、枯れきった低木と舌のごとくに蔓を伸ばす偽果のみである……
群衆の声の多くは悪口雑言に終始している 尚又、それらの悉くは私に向けられている しかし よく耳を澄ませば他愛のない会話が飛交っているに過ぎないのかも知れない しかし よく目を凝らせば悪意に満ちた嘲笑が浮かんでいるのかも知れない
朽ちた組織とは 評価は一面的であり、評判は多面的である 両者は必ずしも一致しない 評価を得たいのであれば、上司の目に見える作業をなるべく努力せずに遂行せよ 評判を上げたいのであれば、部下同僚の目に見えない業務を奮励をもって完遂せよ
二択の悩みごとは、振り子のように揺れている。 その大小や重さに関係なく、等時性によって、余計に憂いをもたらす。 ときどきに於いては支点が傾げていることが、より正解に近づくのかも知れない。
オアシス再結成……感無量なり!
魔女は十七歳の誕生日に死ぬ。一人の例外もない。 彼女たちは最初、ごく普通の人間として生まれる。両親も何ら変わったところのないありふれた人間である。つまり、家柄に関係なく、どこの家庭からも生まれるものであったらしい。 夫婦の間に生まれた子どもが三人目で且つ女子である場合、その子どもは魔女として家系から断絶される運命を背負う。彼女にとっては理不尽極まりないものだが、人生を選ぶことはできないという点では、現代の我々も同様である。 魔女としての生涯に身を投じることとなった赤
あと四か月だけ生きて 年末には行く末を決めよう
澁澤龍彦で最初に読んだものはサドの抄訳で河出文庫の『ソドム百二十日』である。その卓越した翻訳に心を動かされたかといえば、そういうわけではなく、巻末のあとがき(解説?)の饒舌さと文章の流麗さにまず驚いた。この訳者は何やら蠱惑的な文章力だと感心したことを覚えている。 読書自体、ひどく主観的なものであるから、文士の文章について門外漢がくだくだと述べることは当を得ない。しかし、それでもやはり澁澤の筆致は優れていると言っておきたい。 では何が優れているのか、あるいは優れている
誘惑、ただそれだけの為に仕立てられたような絢爛な服を侍女は神経質そうに袋から取り出した。指先には震えがある。この極端に布地の少ない服は切れ味の悪い小剣を隠していた。ゆっくりと包みが解かれ、松明の火を受けて紅い光を放った。剣先はユディトを向いている。 「この剣はわたしたちを傷付けるためのものではないわ。わたしたちを守ってくれるものよ」 侍女に語りかけ、ユディトは剣で自らの服を切り裂いた。火照った身体からは獣の唸り声すら聞こえて来そうなほど、野性味に溢れて、──侍女は直ぐ
「私は望んでこうなったわけではないから」 エリヤは黄昏に佇み、呟いた。逆光のせいで黒衣の聖母像に見えた。目を瞑り、瞼に残光を感じているらしい。夕陽が名残惜しいのかも知れない。 そのうちに、屋根が作る小さな陰の中に戻ってきた。いつもの位置、メイリアルの右隣に。 「わたしもだよ、エリヤ」 膝を崩し、もたれ掛かってきたエリヤの首筋は白い。むしろ吸血鬼である自分よりも血が通っていないのではないかと思える程、艶かしさに溢れていた。 「わたしも好きでこんな存在になったので
エリヤ・カタルジュは部屋の鍵を閉めて、手に持った蝋燭に火をつけた。 城の薄暗い廊下を歩きながら、この場所での記憶に整理をつけていた。胸に沈み込んでいたそれは必ずしも楽しいものばかりではなかったが、立去る時になってみると、どうしても感傷が湧いてくるのを抑えることができなかった。 朝の陽射しが窓枠の隅を通り抜けた。この光を見るのは久しぶりのことだ。エリヤは落ちていた厚い布を窓の上に被せ、再び廊下を暗闇に戻した。日中に眠って過ごす友人のためには欠かせない仕事だった。