砂時計
──しばらく雨が続くそうだ。アストリト、大丈夫だとは思うが、葡萄の様子を見てきてくれ。もし、何かおかしなことがあったら……またいつものようにな。
アストリトと呼ばれた女性は頷き、外へ出た。湿度が高い。黒く豊かな髪が、雨が降る前の曇り空に張り付くようだ。
農園の一角にある小さな葡萄畑が荒らされていた。動物たちの仕業ではない。これは誰かが意図的に荒らしたものだ。茎が切られ、実は潰されていた。
一房の葡萄の前に座り込み、柔らかな手で撫で上げた。一瞬だけ光が起こった。青白く、仄かな光だった。
アストリトはもう葡萄のことは見ず、踵を返していた。
雨が降り出した。雨粒は大きく、重い。土に残ったアストリトの足跡はすぐになくなりそうだった。
葡萄の実は雨を弾いている。傍らにある楡は灰色の空の前に枝を張っている。
──どうだった、アストリト?
──問題はありません。すべて元通りです。
──そうか。ご苦労。火の番を頼む。そのあとは犯人捜し、……いやその前に風車を回しておいてもらおう。
──はい。
──お前、障壁を作れるか?
──はい。
──それなら、それも頼む。……砂時計が残り少ない。もうすぐ誕生日か? お前が死ぬまでには、まだやって欲しいことがいくつかあるからな。
この家の主人と思われる男は、一度だけアストリトを見やったが、また手元の本に目を落とした。
アストリトは窓に写り込む自らの顔を見つめていた。雨はまだ止まない。
雲が厚みを増し、遠くの丘に鬼火のような稲光が見えた。
アストリトは再び外へ出た。杖をつき、帽子をかぶった、魔女本来の出で立ちだった。
雷光に照らされた黒紫の夕暮れを歩き続けていた。後ろを振り返ることもなく。