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アジール(2)

1 先日、次のような記事を書いた。

 そこでは、「現代人は、家庭・地域社会・職場や学校に居場所を失くし、ネットに代表される『第四空間』に逃避せざるを得なくなっている。
 『第四空間』に単なる『現実逃避』を超えたもっとポジティブな価値を持たせよう」とする宮台(真司)の言説をベースに、各種サークルやボランティア活動と同じく、柔術道場・・・何も柔術に限った話ではない・・・も稽古に参加する人々に「居場所を与える」事が可能だという意味で、その「第四空間」として有する(ポジティブな)機能を道場経営に活かす事が出来るのではないか?という趣旨の話をした。

 私が「道場にアジール(避難所)としての機能がある」事に気付いたのは、ある会員さんのおかげである。

 彼は、しばらく稽古を休んだかと思うと、ふらっと道場にやって来ては、「競馬で〇万円負けたショックで、練習来られませんでした」といつも述べている。

 私は賭け事をしないので、彼に競馬の話をされても困るのだが、「困った人だ・・・」と思いつつも、毎回適当にあしらっている。

2 橘玲氏が、日本の宝くじについて、(その配当率があまりに低いので)「愚者にかかる税金だ」と繰り返し語っているが、賭け事は基本的に胴元が絶対に儲かる(=損をしない)ようなシステムで成り立っている。
 平たく言えば、配当率が100%を超える事はあり得ない。

 そういう意味では、賭け事で勝っても、それはお金を掛けた人の運がたまたま良かっただけで、別に彼の(運以外の)能力が優れているわけでも何でもないし、繰り返し賭けを続けていれば、統計的には必ず負けるような仕組みになっている。

 ただし、競走馬の成長を応援し、レースにロマンを求める人がいる事からも分かるように、賭け事には単純な金儲けに還元できない魅力がある(場合も存在する)から、賭け事は自分が損するシステムになっている事を理解し、賭け金は月々いくらまでと損切りのラインを定めて楽しんでいる限り、他の誰にも迷惑を掛ける訳でもないし、それは個人の自由(な財産権の行使)だというのが私の賭け事に対するスタンスである。

 話を元に戻すと、先程の彼の話が本当であるならば(真偽は定かではない)、彼の場合「ギャンブル依存症」に近い気もするから、道場に来る前にまず病院に行った方がいいのかもしれない。

 ただ、道場に来る度に同じ話を繰り返しているのを聞いていると、彼も「道場以外には居場所がなくて、話し相手を欲している」ではないかと感じるようになった。

 「道場以外に友達がいない」訳ではないだろうが、「競馬でいくら負けました」というような話を職場や家族にするのは、(たとえそれが嘘でも)誰だってためらいがあるだろう。

3 もしも、(格闘技の)「道場が武の道を極めんとする最強集団でなければならない」という相互了解の下に成り立っているならば、彼のようにロクに練習しようとしない会員には、道場の構成員としての資格すら認められないかもしれない。

 (格闘技の)道場の場合、道場は会員に技術を教えるというサービスを提供し、会員はそれに対する対価として月謝を納めるという契約関係が成り立っている。

 だが、道場には色々なバックグラウンドを持った人が、様々な動機や目的に基づいてやって来る。

 「格闘技が強くなりたい」と思っている会員しか相手にしない(それ以外の目的に対しては、道場が提供するサービスの特性上応えられない)というのでは、ごく少数の会員しか道場に定着せず、経営が成り立たないので、現実に多くの道場はネット上で「ダイエットしたい」といった他の目的にも対応出来ると謳っている。

 私が見る限り、武術や格闘技を習い始めようとする人の圧倒的多数は、プロの格闘家を目指しているわけではない。

 むしろ、仕事や学校以外にも「居場所が欲しい」「話し相手が欲しい」という動機を(本人は自覚していない場合がほとんどだが)有している人の方が多い。

 道場を「第四空間」のひとつとしてポジティブに機能させるというのは、まさにそうした会員さん達の「居場所が欲しい」「話し相手が欲しい」といった隠された動機ないしニーズに応える(本稿で取り上げた彼の例に見られるように)という事を意味している。

 したがって、道場の会員数を増やそうと思うならば、試合で勝てる人や柔術が強い人にばかりフォーカスを当てるのではなく(それでは試合に勝てない人や柔術が弱い人はやる気を失くして、道場に居場所が無くなってしまう)、それ以外の普通の人々が気楽に通えるような雰囲気作りが重要だと考えている。
 「居場所が欲しい」とか「話し相手が欲しい」といった表現は、およそ格闘家に似つかわしくないが、道場を訪れる人の大半が格闘家ではないので、そうした軟弱?なニーズにも応えられるような道場主の度量ないし余裕が、道場経営上も求められているのではないだろうか。

 ただし、少なくとも彼の場合、競馬場やウインズに行く元気があるなら、道場に来てもっと練習した方がいいと私は思う。

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藤田 正和
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