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オリジン

1 以前、私の(ブラジリアン柔術の)先生から「アメリカやブラジルでは毎年のように新しいテクニックが編み出されているのに、どうして日本からテクニックが生まれる事がないのでしょうか?」と聞かれた事があった。

 その時私は、
 「ブラジリアン柔術(BJJ)の新しいテクニックは、超人達の試合中の偶然の動きや一瞬のひらめきを切り取る事によって生まれるモノが大半ですから、仮に試合中に新しいテクニックが誕生する確率がブラジルと日本で同じだとしても、競技人口(とりわけ、超人の数)の差やBJJの歴史の長さを考えれば、ブラジルやアメリカで新しいテクニックが生まれて、日本からは生まれないのは仕方がないのではないでしょうか?
 また、日本はBJJにおける後進国だから、最先端?のアメリカやブラジルのテクニックにキャッチアップするだけで精一杯なのかもしれませんね。」

 と、適当に答えておいたのだが、本当にそうだろうか?

 今成さんのImanari Rollや青木真也選手のAoki Lockを始め、グラップリングでは、日本人が編み出した技が世界中に広まっている。

 そうした事実を踏まえて考えると、「新しいテクニックが超人達の試合中の偶然の動きや一瞬のひらめき」から生まれるという私の回答は、完全な間違いではないかもしれないが、テクニックが開発される過程の認識としては不正確な気がする。

2 BJJにおいて、新しいテクニック(群)が編み出された経緯について私が知るふたつの事例を紹介しよう。

 この動画を見て、「ダナハーのレッグロック・システムに随分似ているなぁ・・・」と思って、検索してみると、次のブログを見付けた。

 ここに記載された内容を裏付けるダナハーのインタビューが、次の動画の中にある。

 興味のある方は、4:09~を視聴して欲しい。

 ダナハーは、ディーン・リスターが、ヘンゾ・グレイシー・アカデミーを訪れた際・・・当時のBJJ界では、足関節に否定的な空気が支配的だったそうである・・・ダナハーに向かって「どうして、人体の50%(=下半身)を無視するのか?」と話したことが、ダナハーが「レッグロック・システム」を編み出すきっかけになったと述べている。

 ディーン・リスターは、元々サンボのトレーニングもしていたそうであるから、彼の足関節はサンボに由来しているのかもしれない。

 もうひとつは、Spiral Sumiである。

 「スパイラル隅返し」と言われても、私も含めて(世界中の)ほとんど誰も知らないだろうが、この動画で受けをしているブライアン・グリック(ダナハーの黒帯である)によると、「元々この技は、日本の柔道の寝技・・・のみならず巴投・横巴投・隅返等々・・・に革新をもたらした柏崎という著名な柔道家の技をBJJに応用したものだ」という事だそうである(Brian Glick「Simplify The System: Sumi Gaeshi (The Butterfly Sweep) 」vol.5より引用)。
 
 私の先生も若い時分、柏崎克彦先生の「寝技で勝つ柔道」を愛読してたそうだが、柏崎先生の技術がアメリカ人の手でBJJ・グラップリングに導入される日が来る事を予想していた人は、20年前の日本には誰もいなかったのではあるまいか。

3 以上、BJJにおいて、新しいテクニック(群)が生み出される経緯について、私が知る二つの例を挙げてみた。

 ここで注意すべきなのは、ダナハーもブライアンも「全くのゼロから新しいテクニックを編み出した」(=無から有を生じさせた)わけではないという事である。
 ダナハーの「レッグロック・システム」であれ、ブライアンの「Spiral sumi」であれ、そのベースにはサンボや柔道の技術がある。

 ダナハーやブライアンの功績は、BJJとは異なるジャンルの組み技格闘技の技術の理合を理解し、それをBJJ・グラップリングの文脈でも使用可能な形に落とし込み、ひとつの「システム」(=「技術体系」)としてまとめ上げた点にある。

 BJJという分野に限ってみれば、日本は後進国で、試合で勝つためにアメリカやブラジルのテクニックにキャッチアップするのに必死になるのは仕方がない面もあるだろう。

 だが、もし日本から新たにテクニックを編み出そうと思うならば、日本には(高専も含めた)柔道技に関する膨大なアーカイブが存在し、それを母語として、言い換えれば、翻訳なしで理解できるのだから、日本のBJJを技術的に進歩させるヒントは、柔道や(その源流となる)古流柔術にあるのではないかと私は考えている。

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