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黒帯の価値

1 ブラジリアン柔術(BJJ)における帯昇格の基準は、道場やアカデミーによって千差万別と言っていい。

 例えば、ATOSという団体では「ムンジアル(世界選手権)を獲らない限り黒帯になれない」らしい。
 
 これに対して、全国展開しているサークル系の団体では、「サークル主宰者の推薦さえあれば、競技柔術の試合に全く出ていなくても、団体の統括者から自動的に帯が貰える」そうである。

 帯昇格の基準を競技実績だけに求めるか否か、他事考慮として何を勘案するか(練習回数や年数等々)?が各道場主の裁量に任されているために、同じ色帯でも道場間によって、その実力には相当の格差が存在する。

 ジェフ・グローバーは、帯の色が会員の実力を保証していないBJJ界の現状を憂いている。

 その気持ちは分からなくもないが、BJJの帯は、その取得が一定の技能を有している事を証明する(しなければならない)国家資格ではないのだから、帯の色に世界基準の品質保証機能まで求めるのは、現実的には無理があると言わざるを得ない。

2 BJJの場合、一般に黒帯になるまで平均して10年掛かると言われている。

 「平均して10年」というフレーズが曲者で、ここで言う「10年」とは、あくまでも実際に黒帯を取得した人の平均であって、「誰でも10年間練習を続ければ黒帯になれる」訳では勿論ない。

 BJJを始めた人の9割以上は、黒帯になる前に柔術を辞めてしまうし、実際に黒帯を取得出来る人は・・・私の印象だが・・・やはり最低でも週3回以上の練習を続けた人に限られると思う。

 帯昇格(ベルトプロモーション)に関しては、会員の承認欲求とも絡んで難しい問題がある。

 私の場合、BJJの稽古を始める前に、既に古流柔術の方で支部長資格を持っていたから、(BJJの)帯の色についてそれほどの拘りは無かった。

 そうは言っても、古流柔術を稽古していた時は、一日でも早く黒帯が欲しかったし、黒帯を取得したらすぐ次の段を熱望していたから、BJJを始める前にブラックベルトを取った経験の無い人が色帯を切望する気持ちはよく分かる。

 ただ、帯昇格の基準を競技実績だけに求めてしまうと、競技柔術で勝てる人がBJJ実践者のごく一部に限られているので、大半の人は黒帯はおろか、紫帯に到達するのも難しいだろう。

 あまりに帯昇格の基準を厳しくしてしまうと、いつになったら次の帯が貰えるのか分からず、やる気を失くしてしまい、その結果、道場を去ってしまう人が出てくる。

 社会的動物たる人間の本性として、誰にでも承認欲求があるのだから、それを無視する訳にはいかない。

 道場を経営するという観点からは、「会員を増やす」前にまずは「会員を定着させる」事が重要になるので、一定期間の努力を継続した人に対しては、その努力を認めて帯を出す必要があると感じている。

 その上で、帯を出すに際して留意すべき事項があるとしたら、目標となるべき「帯昇格の基準が明確」であり、そして、会員間に嫉妬が生まれないよう「公正な基準の適用」が求められる(つまり、依怙贔屓はダメだという話になる)。

 帯昇格の基準の明確性と、基準の公正な適用という2点さえクリアしていれば、少なくとも同じ道場に所属する会員の実力の可視化は出来るし、会員間の無用な軋轢も避けられる。

3 冒頭で紹介したサークル系の団体のような帯の出し方に対しては、「帯の色が実力を保証していない」というジェフの批判が妥当するのみならず、「普段の稽古を見ていない人が帯を出すのは無責任ではないのか?」といった批判もあり得るだろう。

 さて、BJJに限った話ではないが、武術や芸事を成り立たしめているのは、傑出した玄人ではなく、それを支える無名の(内田樹先生の言葉に従えば)「旦那衆」である。

 旦那衆は、仕事と家庭の合間を縫って、武術や芸事に打ち込み、それが結果的に、玄人が活躍できる場を作る事に貢献している。

 BJJの場合、この玄人と旦那衆の関係が非常に分かりやす形で可視化されている。

 玄人たるプロ柔術家が活動する資金を、旦那衆たるアマチュアのBJJ実践者がセミナー参加費や教則を購入する事でサポートしているからである。

 玄人がその能力と才を遺憾なく発揮するためには、やはりそれを支えてくれる旦那衆が不可欠なのである。

 BJJに話を戻すと、サークル系の団体を統括する人が、もし「日本にBJJを根付かせたい」と考えて帯昇格の基準をあえて緩くしているのだとしたら、それはそれで日本のBJJ村の発展、ひいて旦那衆の育成という観点からは、意味のある事だと思う。

 帯昇格の基準を世界的に統一しようとする試みに対しては、それが現実的に困難であるというだけでなく、BJJを支える旦那衆の数を減らす(ひいては、柔術の底辺を先細りさせる)結果に繋がりかねないので、私は反対である。


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藤田 正和
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