ギブ&テイク
1 ブラジリアン柔術(BJJ)には、「セミナー」という独自の文化がある。
「セミナー」にも色々な形態があると思うが、ここでは次のようなイベントを想起して欲しい。
BJJのタイトルを獲った有名選手が地方の道場を訪れて、彼のテクニックを教え、参加者とスパーリングをする(所要時間は2時間ほど)。
参加者は、数千円から2万円の参加費を支払い、有名選手の方は、(集まった参加費から)道場のレンタル代と交通費その他の諸経費を差し引いた残りが彼の取り分となる。
自分の所属する道場を離れ、他の道場に所属する人から金を取って(払って)技術を教える(習う)というBJJの「セミナー」のようなイベントは、他の武術や格闘スポーツにはあまり見られない。
私が稽古していた古流柔術では、会派内での「合同稽古」のようなものはあっても、流派の垣根を超えた人の交流というモノは(演武会のようなイベントを除いて)全く無かった。
また、空手では他流派への出稽古そのものを禁止している所が多いと聞く。
他流派との交流が存在しない、あるいは、禁止されている武術・格闘技と異なり、BJJでは、人的交流に対する規制がほとんど存在せず、そうした「ゆるさ」がBJJの魅力のひとつとすらされている。
「セミナー」もそうしたBJJの「ゆるさ」を象徴するイベントのひとつだと思うが、アイドルのファン感謝イベント・・・私は行った事がないので、あくまでも想像で語っている事をお断りしておく・・・と同じように、「セミナー」を主催する選手にとっては、そこで集めたお金が彼の今後の活動資金になる(しかも重要な収入源だそうである)し、「セミナー」参加者は憧れの選手の推し活をしていると考えれば、「セミナー」は、主催者・参加者双方がWin-Winの関係にあると言っていい。
2 だが、BJJにおけるそうした「ゆるさ」も良いことずくめではない。
一昔前、ある団体のエライ人から私の先生に連絡が来た。
「今度そちらにお邪魔します。
ついては、私がクラスを持っても構いません。
良かったら、練習後に一緒にメシでもどうですか?」
先生から「この件、どうしたものでしょう?」という相談を受けたのだが、「どう見ても、彼はタカりに来ているだけでしょう。こんな無礼な奴は相手にしなければいいんですよ!」と私は返した。
「そうは言っても、人間関係とか色々ありますし・・・」と言われるので、
「ウチは競技から一線を引くと決めたのは先生じゃありませんか?
会員さんは先生の指導に対して月謝を払っているのに、彼にクラスを任せるというのは、月謝に対する対価としてのサービスをきちんと提供していないという事を意味します。
まして、彼が持ってもいいというクラスをセミナー扱いにして、会員さんから別途参加費を徴収するというのは論外です。
また、先生が汗水たらして稼いだお金を包んで彼に渡すというのは、お金をドブに捨てるのと同じですよ。
「練習後に一緒にメシ」というのも、暗に「奢れ!」って言ってるようにしか聞こえません。
先生は、彼とウチの会員さんとどちらが大切なのですか?」
と、私が詰問したので、この件は先生から丁重にお断りして貰った。
その代わり、近場のサークルが彼の「セミナー」を開いて、接待したらしい。
きっと、彼は全国を行脚して、各地の道場やサークルからタカっているのだろう。
3 BJJでタイトルを獲ると、稀に勘違いする人がいる。
タイトルに価値がある事は否定しないが、そのタイトルの価値をポジティブに評価するのは、BJJ村の人だけである。
BJJ実践者の大半は、仕事や家庭を持ち、一般社会できちんと生きている人々なので、そのタイトルの価値が一般社会では全く評価されないという事実を分かっているが、一般社会と接点を持たずにBJJだけやっていると、BJJ村における評価が一般社会でもそのまま通用すると錯覚してしまう人が出てくるようだ。
こういうタカりの構造に疑問を感じない人というのは、人間関係の基本である「ギブ&テイク」というものが分かっていない。
「ギブ&テイク」というのは、語感としては打算的でドライな印象を与えるが、実際はそれと異なる。
「他人に何かして欲しければ(テイクしたければ)、まず自分から相手にギブしなければならない」という当たり前の事を述べているに過ぎない。
まず自分から相手に「ギブ」して、それによって相手からの信用や感謝を得るからこそ、相手もそれに応えてこちらに「テイク」させてくれるわけである。
タカりの構造では、自分は「テイクする」だけで、相手に対して「ギブする」事がない。
どうも2で述べたような人は、自分がBJJ村のちょっとした有名人であるというだけで、「自分に会える」という事が、何か特別なギフト(ギブ)であるかのように思っているのかもしれない。
しかしながら、一般社会の感覚で言えば(しょせん彼も無名人の一人に過ぎないのだから)、彼は我々に何ら「ギブ」する事無く、「テイク」だけ要求しているに過ぎない(彼が「クラスを持って」指導する事が「ギブ」に当たるという人もいるかもしれないが、少なくともそれを全く望んでいない人にとっては、迷惑な「押し売り」でしかない)。
他人の信頼を得て、人間関係を構築しようとするならば、この「ギブ&テイク」の重要性を認識する必要がある。
相手からどうやって「テイク」するか?だけを考える人の発想は、「振り込め詐欺」と同じである。
誰かと仲良くなりたい、信頼を得たいと思うのであれば、まず自分から「ギブ」する事が必要だと思う。
「テイク」するばかりでは、遠からず他人の信用を失ってしまうだろう。
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