強くなりたい人、強く見せたい人
1 ウチの道場にAさんという会員がいる。Aさんは、入会して8か月で青帯になり、青帯に昇格して1週間以内に出場した大会でも見事に階級で優勝されていた。
道場内では「Aさんは才能が違うから・・・」という声もチラホラ聞こえるが、私はそのように考えていない。
Aさんは仕事や家族を抱えながら、週6回道場で練習されている。テクニックの習熟度を見ていると、自宅でもソロドリルを色々と工夫されているのではないかと思う。
私見になるが、「柔術ないしグラップリングの実力は稽古量に比例して伸びる」。才能とかセンスといったものが影響するとしたら、週6回同じメニューで練習した者同士の間で比較した場合に、その二人のどちらかが相対的に才能がある(もしくは、相対的にない)という事は言えても、週2日練習している人と週5日練習している人では、同じ期間を取ってみる限り、前者が後者に勝つという事はまずあり得ないと思っている。
誤解のないように付言しておくと、週1日や2日の練習では武術をやる意味がないとか武術を語る資格がないという趣旨では全くない。上で「同じ期間を取ってみる限り」と書いたように、たとえ稽古回数が週2日であっても、それを継続して続ける人は時間は掛かっても必ず実力は伸びるし、週5日稽古していた人であっても、稽古を辞めてしまえばそれで伸びは止まってしまう。だから、「実力が稽古量に比例して伸びる」と言っても、最終的にはコンスタントに長く稽古を続けた者の方が確実に強くなれる。「武術家は死ぬまで稽古し続けなければならない」という言葉があるが、「死ぬ気で稽古」しなくてもいいから、「死ぬまで稽古」する気概を持って稽古を続けていけばいいだけの話ではなかろうか。
Aさんの話に戻ると、普段大して練習していない人に限ってやれ「才能がどう」とか「技術がどう」とかいう話をしているように聞こえてならない。Aさんはそういう外野の声に耳を貸さず、誰よりも練習量をこなしたから、BJJを始めて1年足らずで爆発的に強くなったのだし、試合で結果も出たのだろう。
2 これとは対照的に、以前ウチの会員だったBさんという人がいる。なんでも昔はMMAをやっていて地下格闘技に出たこともあるとかいう事で、随分と強面の人だった。実際、Bさんが白帯の時は、試合でも滅法強かった。出た試合は全試合1本勝ちされていたし、当時の私は「こういう人が本当に強い人なのかしら」と思っていた。
ただ、ウチを辞めてからも時々出稽古に来ていたが、彼の道場での立ち居振る舞いを見ていると、自分より弱い人としかスパーしないし、新しくMMAクラスに入った子を捕まえてはかつての武勇伝とか、彼の持っている技術をコーチングしたりしていた。
私も入会して2年位は簡単にタップを取られていたので、Bさんは強いんだろうと思っていたが、彼と直近(といっても以前の話になるが)でスパーした時に、Bさんは私のクローズドガードが割れずにイラついて、いきなり「缶切り」(注1)を仕掛けて来たので、「それは柔術では反則ですよ」と伝えると、「いやいや、グラップリングしに来てますから」と言う反応だった。
注1)
仕方がないので、パスさせてサイドでフレームを作ってディフェンスしていると、全く動く気配がないので不思議に思って、スパー後に聞いてみると、曰く「サイドをキープして3点を確保しました」と。
要するに、マウントに移行したり、サイドアタックを仕掛けてミスした隙を突かれて、私にエスケープなり、スイープされるのが嫌だったようなのだが、「缶切り」を仕掛けた時には(私とのスパーに)「柔術ルールは関係ない」と言いつつ、パスしてからはいきなりポイントがどうのと柔術ルールを持ち出している矛盾に当の本人は気付いていない。
私の印象では、Bさんはスパー前は私に簡単に勝てると思っていたが、予想に反して勝てそうになかったので、「缶切り」を使ってでもガードを割り、残りの時間は私を抑え込んで「本気を出さずに、パスして勝った」とかいうイメージを与えたかったようである。
残念ながら、私の抱いた感想は彼の意図とは正反対に、「この人はいつも自分が勝てそうな人とだけスパーして、自分が強い、ないし、カッコいい」という自己演出が上手いだけの人なんだなというものである。
そう考えれば、出稽古に来るたびに毎回初対面の子に技術を教えたがるのも、彼の実力や人となりを知らない相手に、「強い、ないし、カッコいい」彼のイメージを植え付けて、自身の承認欲求を満たそうとしているだけに見えて来た。
3 後日、MMAクラスの子から「Bさんから『アナコンダチョークは相手の足に自分の足を引っ掛ける事で締めの威力が上がる』と教わりましたが、本当ですか?」と聞かれ、「うーん・・・」と唸ってしまった。
「アナコンダチョーク」も「ダースチョーク」と同じく、相手の前から「裸締」を仕掛けるテクニックである。本当に「アナコンダチョーク」の形がきちんとセットアップ出来れば、自分の足を相手に引っかける必要はない。上の動画で、「アナコンダ」の形に取った方が相手の足の方に向かって歩いていくのも、足を引っ掛けてチョークの威力を上げるためではなく、「裸締」でバックから自分の胸を前に押すようにして締めるのと同様に、胸で相手の首を前に押して締めているだけである。きちんと「アナコンダ」の形がセットアップ出来ていれば、自分の足を相手の足に引っかける必要はないし、引っ掛けるためには一度「アナコンダ」の形を解かないと無理だと思う。勿論、「アナコンダチョーク」ではなく、「アナコンダ頸椎締め」なら話は別だが。
テクニックひとつ取っても、その理合を理解し、他人に説明に出来るようになるためには時間掛かる。道場にたまにしか来ないで、テクニックを教えたがる人がいるとしたら、その人のテクニックが本物かどうか?一度は疑ってみた方がいいかもしれない。
自分を「強く見せたい」Bさんは、色帯になってから一度も試合で勝ってはいない。自分が「強くなりたい」と願って日々練習を続けているAさんが、碌に練習していないBさんを追い越す日が訪れるのはそう遠くないと思っている。