オープンガードのゴール

1 新型コロナウィルスの症状が出て、1週間隔離生活を余儀なくされた。

 パンデミックが始まって以来、これまで「自覚症状がある」という意味では、コロナに罹患した経験がなかったので、油断もあったのだろう。
 症状自体は、普通のインフルエンザと変わらない程度だったので、大したことはなかったのだが、折悪しく隔離中に部屋のクーラーが故障してしまった。

 症状が出た当時、コロナは大流行していたから、私と同時期にコロナに罹ったという人は大勢いるだろう。
 また、今年は例年になく暑い日が続いているので、クーラーが壊れて難渋している人も相当数いるはずである。

 とはいえ、コロナに罹った挙句、クーラーの利かない部屋での隔離生活を余儀なくされた人はそこまで多くないと思う。
 さすがにそうした隔離生活は精神的にも非常に堪えた。

 私の日頃の行いがあまり良くないから、こういう目に遭ったのかもしれないが、執筆する気力が回復するまでこれだけ時間が掛かったのもやむなしである。

2 1週間の隔離期間は経過したが、他の会員さんに(コロナを)移すわけにはいかないと思って、念のためもう3日休んでから稽古に復帰した。

 復帰したその日に、最近入会したばかりの外国籍の女性から、流暢な日本語で次のような質問を受けた。

 「オープンガードのゴールは何ですか?」と。

 いい質問だと思う。

 「オープンガード」とは、ブラジリアン柔術(BJJ)において、「クローズドガード」の対義語に当たる。
 BJJにおいては、スパイダーガードやデラヒーバガードに代表される、様々な「オープンガード」が存在するが、それらは全て「オープンガード」の下位区分に過ぎない。

 「オープンガードのゴール」、より分かりやすく言い換えるならば、「オープンガードの状態になった場合に、何を目指すべきか?」という彼女の問いに対して、例えば「片襟片袖(collar sleeve guard)」のやり方を教える、というのでは答えになっていない。

 また、BJJの稽古を始めて一月足らずの人に、スパイダーガードやデラヒーバガードを教えたとしても、頭を混乱させてしまうだけだろう。

 だから、私は「オープンガードの状態になったら、自分から立って逃げるか、相手をクローズドガードに閉じ込める、その二つのどちらかがゴールだ」と答えておいた。
 
 そして、片襟片袖に始まり、スパイダーガードやXガード等々いくつかの「オープンガード」の実例を見せた上で、「これらの技術は、競技柔術で勝つために編み出されたモノで、ストリートでは使えない。貴女の場合、暴漢に襲われたら(いわゆる柔術立ちで)立って逃げるべきだし、スパーリングであれば、相手をクローズドガードに捕まえて、そこからアタックするという戦術が一番シンプルで、迷わなくて済むと思います」と付け加えると、彼女も納得してくれたようである。

3 先に「オープンガードのゴールとは何か?」という問いに対して、各種「オープンガード」のやり方を教えるのは、「答えになっていない」と書いた。

 「オープンガードのゴール」は、「オープンガードを駆使して何をすべきか?」という「オープンガードの目的論」とは異なる。
 もし仮に、私が「オープンガードの目的論」を問われたならば、相手をスイープするか、サブミッションで仕留めるべきだ、という回答をするだろう(バックテイクと答える人もいるだろう)。

 だが、各種「オープンガード」の存在を知らない彼女が問うた「オープンガードのゴール」とは、競技柔術的なやり取りを前提にしない、「オープンガードの存在意義」を問うたものである。

 勿論、競技柔術で勝つためには、各種「オープンガード」を知り、さらにはそれを使いこなす必要があるだろう。

 だが、BJJの初心者にとって重要な事は、「今何をなすべきか?」という点について、「迷わない」(教える側からすれば、彼ら彼女らを「迷わせない」)事だと私は考えている。

 「オープンガードのゴール」を問うてきた彼女に対して、片襟片袖を教えるのは簡単だが(片襟片袖の習得が簡単だという意味ではない)、それでは彼女が今取り組むべき課題をいたずらに増やすだけで、「迷い」を生み出す原因になりかねない。

 また、BJJに存在する各種テクニックについて「広く浅く」取り組むのと、「狭く深く」取り組むのとどちらがいいか?と問われれば、BJJ実践者の9割以上を占める(であろう)練習回数が週3日以内の人にとっては、間違いなく「狭く深く」だと断言できる。

 技術の習熟度については、大別して「知っている」「(理合や原理を)分かっている」「(それを)使える」という3つの段階に分ける事が出来ると思うが、「知っている」は当然の事ながら、「分かっている」レベルでも、実際には「使えない」。
 限られた練習時間の中で、ある技術を「使える」レベルにまで高めようと思うならば、やはりその技術の習得に特化した「狭く深い」練習が必要になってくるだろう。

 手を広げれば(習熟度は)浅くなり、やる事を絞れば(習熟度は)深くなる。

 「広く深く」やりたいと思う気持ちは分かるが、そのためには毎日2部練するしかない。
 大学受験や難易度の高い資格試験に取り組むのと同じようなレベルで、他の生活を犠牲にしてまでBJJの練習をするのは、お勧めしない。

 「オープンガードのゴールは何ですか?」という問いが「いい質問だ」と私が思ったのは、その質問に対する回答が、その人の柔術観を明らかにしてくれるリトマス紙のようなモノだからである。

 「オープンガードのゴール」を問われて、「立って逃げる」と「クローズドガードに閉じ込める」という答えは、多くの人々の賛同を得られないかもしれないが、彼女を「迷わせない」という意味では誠実な回答になったと(秘かに)自負している。

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