誰にも言えない見せられないINFJである私の心のうち
私は人は嫌いだが独りが好きなわけでもない。孤独に怯えつつも、他人も怖いから近寄りたくなくて、己のジレンマに苦しめられて自己嫌悪に陥ってしまうタイプだ。けれどお人よしだから、他者が限界まで追い詰められていたら見逃すことができずに手を差し伸べてしまう。本当は、自分だっていっぱいいっぱいなくせに。
繊細で臆病なくせに、心が剥き出しで傷つきやすい。しかもおせっかいなお人よし。
きっと私今まで何度も心が壊れそうになりつつも、他者への関心を殺すことで生きながらえてきたのだろう。だが、社会にでればそんなバリアも他者からの悪意でいとも簡単に壊されてしまう。こんな社会から私を守って愛して、私の心が壊れる速度を上回るほどに愛して愛して、いらないよ、もう十分だよってほどに愛してくれる人がいたらどれだけいいだろう。私は誰よりも私のことを理解している。そう言える自信がある。自分を理解しなければ他人を理解できない。私は自分を理解しすぎているのではないか。それゆえに他人がどのような人間か会ってすぐなんとなくわかってしまう。
看護大学に入学し、誰も友達がいない新しい環境に身を置いて3日が経った。皆キラキラしており希望に満ち溢れている。志を高く持ちこれからを、未来を見据えて、新たな友人を作って。それが私にはとても眩しく感じる。なんでそんなにキラキラを振り撒くのだ。私は、私がその環境にいるのが耐えられない。私の翳りがより際立ち自分自身がより惨めに思えてしょうがない。人との関わりに臆病で、感情を面に出すのが苦手なくせに正義感が強くてお人好しだから、いつも無理して人と向き合おうとして。ちょっと律儀すぎる。そんなんじゃ疲れちゃう。そうわかっているのになかなか変えられない。色々な本を読み他者との関わり方、第一印象をよく見せる方法。色々と学んで実践して。偽りの笑顔を貼り付けて近づいた。でもやはり己に備えついていない即席の自分などすぐに見破られてしまうのだろう。頑張って自分のネガティブな、惨めで汚いところを自分で隠して奥底にしまって押し込んで。そうしてもやっぱり出てきてしまう。それが本来の私だから。大丈夫。大丈夫と暗示を己にかけてもすぐに溶けてしまう。あぁ、、私はなんて生きづらい性格をしているのだろう。1人は寂しくて辛い。