「サムライ・スタートアップ:戦国武将の起業戦略」9/N
第8章:風林火山の圧巻のデモ
サムライ・スタートアップ株式会社のデモデーが失敗に終わり、会場内はやや冷え込んだ空気に包まれていた。笑いも失望も、まだ観客たちの間で渦巻いている。その時、司会者が新たな会社の紹介を始めると、場内に張り詰めた静寂が訪れた。
「次にご紹介するのは、株式会社風林火山。代表取締役である武田信玄氏による、革命的なAIプロダクトのデモンストレーションです!」
信玄が壇上に姿を現すと、その堂々とした風格に観客たちの視線が一斉に集まった。身に纏うスーツもビジネスライクというより、彼の存在そのものを際立たせる特注のもの。まるで戦場に立つ武将のようなオーラが、ただそこに立つだけで人々を圧倒していた。
「本日は我が社が誇る最新AI、『風林の眼』を紹介いたします。このAIは、自然言語処理、画像認識、意思決定支援の全てを統合した次世代システムです。」
壇上に設置されたスクリーンに、風林の眼のインターフェースが表示される。シンプルで洗練されたデザインに、思わず感嘆の声が漏れる。信玄が操作を始めると、AIが瞬時に反応し、質問に対する即答や膨大なデータ分析をリアルタイムで行う様子が映し出される。
「では、風林の眼に経済予測を依頼しましょう。今後半年間の経済成長とリスクファクターを検証し、その対策案を提示します。」
信玄が淡々と操作を続ける中、風林の眼が膨大なデータを一瞬で読み込み、リスク要因を色分けしつつ、各分野の経済成長予測とその根拠を提示していく。さらに、それぞれのリスクに対する具体的な対策案まで瞬時に提案。正確で説得力のある回答に、観客は釘付けとなっていた。
「さらに風林の眼は、現実世界における状況分析も可能です。例えば、今目の前にいる皆様一人一人の反応を解析し、満足度をリアルタイムで計測しています。」
スクリーンに観客の表情分析がリアルタイムで表示され、好意的な反応、疑問を抱いている表情などが即座にグラフ化されていく。観客たちは自分の表情がデータとして反映されるのを目の当たりにし、驚きと不安が入り混じった視線を投げかけた。
さらに信玄は、風林の眼が競合の分析にも対応できることをアピールする。競合会社であるサムライ・スタートアップのデモにおける失敗要因も、風林の眼によって瞬時に分析・改善点がリストアップされていった。
「本製品が持つ最も重要な特長は、適応力です。競合他社の技術を常に分析し、即時に学習・改善し続けることが可能です。これは、とあるファンドの支援によって得られた膨大なデータベースが成し得るものであり、我が社の強力なアドバンテージでもあります。」
とあるファンドという言葉に、観客席の一部がざわついた。表舞台に出ることなく、影で義を重んじる投資家が支援していることを察した者たちも少なくなかった。
デモが終わると、場内は静寂に包まれた後、熱狂的な拍手が巻き起こった。サムライ・スタートアップが披露したものとはまるで次元が違う技術力、そしてその圧倒的なプレゼンテーションに、投資家たちは確かな可能性を見た。特に藤井パートナーは興奮を抑えきれず、声を震わせながら語った。
「これは…本物だ。ここまでの完成度とリアルタイム処理能力を兼ね備えたAIを見たことがない!」
信玄は藤井の反応に一瞬微笑を浮かべた後、ゆっくりと会釈をして会場を去った。風林火山の圧倒的なデモにより、サムライ・スタートアップ株式会社にとって、今後の競争はさらに厳しいものになるだろう。
藤井パートナーと信長の1on1ミーティング
デモデーの後、会場が片付けられる中、藤井パートナーが信長に歩み寄った。
「ちょっと、信長さん。時間ありますか?少し話がしたい。」
信長は、悔しさを隠しきれない表情で頷き、控室に藤井と向かった。ドアが閉まり、二人きりになると、藤井は低い声で切り出した。
「正直言って、まずいぞ。このままじゃ、うちのサムライ・スタートアップは風林火山に完全に置いて行かれる。」
信長は深く溜息をつき、天井を見上げた。藤井の言葉には、予想していた通りの厳しさがあったが、内心、やり場のない怒りが渦巻いていた。
「ふん、確かに見事なデモだったみたいだな。だが、俺たちにはまだ可能性がある。デモが失敗しただけで、全てが終わりというわけじゃない。」
「可能性、か…。」藤井は険しい表情を崩さないまま、首を傾げた。「しかし、彼らのAIは圧倒的だった。あの『風林の眼』、ただの技術力だけじゃない。謎のファンドが全面的にバックアップしている。つまり、資金もデータも圧倒的に向こうが有利だ。」
信長は、謎のファンドの名前が出た瞬間嫌な思いがし、思わず表情を曇らせた。まさかな。
「だからと言って、手を引くつもりはない。」信長は冷静さを保とうとしながらも、強い意志を込めて藤井に言った。「俺は負けるつもりでこのビジネスを始めたわけじゃない。」
藤井は信長のその言葉に一瞬目を見開いたが、すぐに思慮深い表情に戻り、少し柔らかい声で続けた。
「信長さん、あなたのその強気な姿勢は評価する。だが、現実も見据えてくれ。風林火山は、単なるライバルではない。彼らはただのビジネスとして戦っているわけではない。正義だの倫理だの、ああいう『大義名分』を掲げる相手には、技術だけで対抗できない場合がある。」
信長は腕を組み、少し考え込むように目を閉じた。だが、数秒後に目を開けると、藤井を真っ直ぐ見つめた。
「藤井、俺に提案があるなら、遠慮せずに言ってみろ。」
藤井は少し口ごもりながらも、意を決して言った。
「今の状況を打破するために、サムライ・スタートアップにも風林火山に劣らないサポートが必要です。彼らに対抗するためできるだけの出資者を新たに探すか、あるいは根本から我々の戦略を見直すべきだと考えています。」
「戦略の見直し、か。」信長は唇を噛みしめた。彼にとって、戦略の練り直しというのは、敗北を認めるも同然の行為にも思えた。しかし、現実を無視するわけにはいかない。
「いいだろう。」信長は重々しく頷いた。「俺たちも、ただのサムライ集団では終わらん。この戦、仁義なき戦いとして見据えている以上、こちらも容赦しない覚悟で挑むまでだ。」
藤井は信長の決意を感じ取り、微かに安堵したような表情を浮かべた。しかし、その瞳にはまだ不安が宿っている。
「この戦い、全力でサポートします。ですが、決して油断しないでください。向こうには武田信玄という手強い相手がいるんですから。」
信長は藤井の忠告を静かに受け止め、再び強い眼差しを見せた。
「上等だ。ならばこちらも全力で迎え撃つまでだ。」
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