ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)と小坂井敏晶 (雑文①)

ラメッシ・バルセカール(Ramesh S. Balsekar)の教えを簡単に言うと、起こることすべては、自然法則にしたがっているということであり、人間を自然の一部、とみなすことである。
小坂井敏晶によると、近代では、神への信仰の代わりに、自由意志が信じられているが、それは、人間が、自然法則から分離しているという考えである。近代では、能力による格差は正当だと思われているが、能力も人格も、それらによって起こる努力も、外因の産物であり、内因はない。つまり、能力は、くじ引きである。である以上、小坂井敏晶の言うように、能力主義は、格差の正当化である。自由意志はなく、行為者はいないのである。それらは虚構である。

ラメッシは、すべては自然法則に従って起こるという考えであり、それで考えると、殺人が起こるのも、犯人が捕まるか、捕まらないかも、無実の人が罰せられたとしても、それは、自然法則にしたがった、ただ起こった出来事である。すべてが自然法則で起こるということは、問題なく言えることだが、この殺人は自然法則で起こったから、犯人に責任はないよね?ということはできない。いや、ややこしいのだが、自然法則ですべてが起こるということは、自由意志はなく、行為者はいないということである。つまり、誰も何もしていない。ということは、当然、実際には、責任は存在しない。だが、殺人が起こって、犯人に、責任はないということは無理である。それは、社会が犯罪を認知しても、放置するということであり、治安の悪化につながり、社会が機能しなくなる。つまり、社会においては、各々がルールを守る必要があり、責任があるのである。つまり、社会においては、自由意志や行為者が存在するということであり、そのように、行動することが求められるのである。人間は虚構によって生きている。

能力主義についてはどうか? 小坂井敏晶の言うように、能力はすべて外因に基づいており、内因はないため、個々の能力はくじ引きであり、能力主義は格差の正当化である。近代は平等が実現されたのではなく、不平等が正当化される論理が変わっただけである。神から、自由意志に。自由意志は虚構である。そして、ラメッシによれば、能力主義も、自然法則によって、あらわれた、ただ起こっている出来事である。ならば、それは、正当か? とても、そうとは言えない。能力がくじ引きである以上、能力の有無に個人の功罪や責任はないからである。すべては、自然法則に従ってただ起こり、実際には、どんな自由意志も、個人的行為者も存在せず、誰にも、何の責任もなくても、間違っていることは、間違っているというほかない。

すべてが自然法則に従っているとは、どういうことか? それは、自然法則が創造したあなたの性質に従って、あなたが正しいと思うこと、間違っていると思うこと、つまり、あなたの道徳と規律の基準に従って、自分の好きなことや、すべきだと思うことを何でもやりなさいということである。


参考
『増補 責任という虚構』 小坂井敏晶より抜粋。
ところで能力の多くは誕生の時点ですでに決まる。その原因が遺伝であれ、家庭環境であれ、どちらにせよ当人に選択できない要素だ。そこで、生まれつきの不運を補償すべきだとロナルド・ドゥオーキンは主張する。家庭環境や遺伝など偶然の外因と、当人の意志決定とを峻別し、自己制御の利かない前者から生ずる格差を不当とする一方、責任を負うべき後者から派生する格差は正当と認める。

だが、意志の強さ、努力する能力、好みも外因が育む。人格形成責任論の詭弁は確認した。自己責任の根拠はどこにもない。

※遺伝子も家庭環境も外因。内因はどこにもない。



格差という虚構(ちくま新書)小坂井敏晶より抜粋。
メリトクラシーの本性は自己責任論であり、お前の不幸は自分自身が招いた結果だと負け組を突き放す思想だ。そして返す刀で勝ち組の富と地位を正当化する。社会心理学に「公正世界の信念(belief in a just world)」というメルヴィン・ラーナーの研究がある(Lerner,1980)。正義がまかり通ると誰もが信じる社会でこそ、不正義が正当化されやすい論理を明らかにした。こう考えてみよう。天は理由なく賞罰を与えるはずがない。善をなせば、いつか必ず報われる。欺瞞や不誠実にはしっぺ返しが待つ。因果応報の原則が世の中を律していれば、将来への不安が和らぐ。誠実に努力し続ければ必ず報われると信じたい。因果応報はありふれた信念だが、その論理を突き詰めると苛酷な帰結に至る。話の筋道を逆にしよう。悪いことをしなければ罰を受けないのが本当ならば、不幸な目に遭ったものは悪いことをしたに違いない。不幸の原因が当人にあるはずだ。こうして正義に信頼を置く者ほど、自己責任の論理を支持し、不幸な人間を突き放す。

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