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雑記8 最近観たホラー映画8ーー「ソドムの市」ーー

 パオロ・パゾリーニ「ソドムの市」は難解な映画だったが、面白かった。スカトロが多いので、苦手な人は注意が必要だ。8点。サド『ソドム百二十日あるいは淫蕩学校』を原案とした作品で、ファシスト政権下イタリアの権力者達が美少年美少女を田舎の屋敷にかき集め、彼ら彼女らに倒錯的性行為や拷問を行うといった内容で、トーチャー・ポルノの一種と言える。全体の構造をダンテ『神曲』に借りており、地獄の門に始まり、変態地獄、糞尿地獄、血の地獄の4部構成となっている。作品の舞台となる屋敷は、無理矢理連行された少年少女にとって地獄のような場所であり、生きたまま地獄に紛れ込んだダンテの設定に依拠しているのだろう。彼らに苦痛を与える大統領・大司教・最高判事・公爵は獄卒のような立場にある。ただし、『神曲』とは異なり、苦しめられる子供達に明確な罪状はなく、屋敷のルールは権力者の私利私欲に基づいた理不尽なものであるため、本作では上流階級による理由なき虐待が描かれていると言えよう。また4人の権力者を興奮させるため、閉ざされた屋敷で3人の娼婦が毎夜交代で変態性愛の話を語るという設定は、明らかにボッカチョ『デカメロン』を踏襲している。この作品にも艶笑譚が数多く収められており、性的娯楽を扱っているという点で共通するが、サドを参考とした「ソドムの市」の方がよりインモラルである。この他、貴族趣味のパロディと思われるものも多く登場している。屋敷のメンバーが一部屋に集まって、話をしたり、音楽を聞いたりする様はサロンを模していると考えられるし、作品末尾の、権力者が屋敷の中から少年少女の拷問を双眼鏡で眺める箇所は、オペラ劇場を想起させる。このように本作では、イタリア文学や上流階級の趣味といった、高尚とされるものが淫蕩・変態・拷問といった低俗とされるものと結び付けられており、文化的価値が転覆されている言えるだろう。
 他方、この作品では数字が重要な意味を持っており、4は権力者と変態的艶話の語り女を表している。4といえばキリスト教において大天使を表す数であり、ダンテを踏まえている以上、意識されている可能性はある。すなわち、4は権力と教会の隠喩なのであり、そうした高貴な人物達の内にこそ品性下劣な欲望が紛れ込んでいることを表しているのだろう。娼婦という貶められることが多い人物に神聖な数が当てられているのも、性的な要素は権力と分かち難く、強い力を持っていることを示していると考えられる。連れて来られる少年少女の数は、最初男女それぞれ9人であり、これは三位一体を暗示する。しかし、早々に男女とも1人ずつ死亡し、各8人に減る。このことは完全なるものの欠落を隠喩しており、少年少女達に待ち受ける不幸を示しているのだろう。権力者の手下たる軍人は8人だが、これは『アブラメリンの書』に登場する下位王子を意味するか。彼らと権力者の4人を合わせた12という数は『神曲』で拷問を行っている12体の悪魔マレブランケに通じ、子供達を苦しめる加虐の象徴と取れるだろう。
 以上から分かるように、本作は階級社会や権力への批判を展開しており、社会的に上位の人間が不道徳な趣味を持ち、下位の人間に常識があるとされる点は、一般的な認識ーー著名人は良い人であり、庶民・貧民は人格に難点があるーーを覆す一種のアイロニーだと推察される。こうしたメッセージを表現するため、様々な典拠や数字の隠喩が利用されているのだろう。

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