
幽霊探偵と蛇仙人の呪い
伊田裕美:幽霊探偵、本職はルポライター。
ショートカットの黒髪を持ち、知的な印象を与える黒のスーツに身を包んでいた。端正な顔立ちと鋭い眼差しが特徴で、どこか探偵のような雰囲気を漂わせていた。
伝兵衛:旅行雑誌の編集長。
頭は真ん中がすっぽり禿げている。いつもガミガミ怒鳴り散らしているが、実は面倒見が良い。
【東京都日の出村】
大学生のキャンプ仲間
小島:元気でお調子者。好奇心旺盛で、時に無鉄砲な行動をとる。
島倉:冷静で理知的。だが、仲間内ではムードメーカーでもある。
渡邊:慎重派。些細なことでも警戒する性格。
星野:控えめで物静かだが、いざというときには頼れる存在。
楽しいキャンプの始まりと異変
四人は東京都日の出村の奥深く、豊かな自然に囲まれたキャンプ場を訪れた。澄み渡る青空、吹き抜ける心地よい風。バーベキューの香ばしい匂いが漂い、焚き火を囲んで語らう彼らの笑い声が響く。思い出に残る素晴らしい夜となるはずだった。
だが、夜半になると突如として黒雲が立ち込め、雷鳴と共に激しい豪雨が襲いかかった。慌てて避難しようとしたが、あたりは暗闇に包まれ、視界もほとんどない。運良く見つけた古びたログハウスに駆け込み、震えながら朝を待つことにした。
恐怖の始まり
夜が明けても雨は止まず、重い空気が立ち込めていた。そんな中、小島が突然高熱を発し、苦しみ始める。仲間たちは驚きながらも病院へ連れて行こうとするが、彼の体には次々と生傷が浮かび上がり、幻覚を見ているかのように錯乱状態に陥っていった。
ようやく病院に運び込まれたものの、医師ですら原因がわからない。まるで何かに呪われているかのようだった。さらに奇妙なことに、小島を見舞いに来たという不審な男の存在があった。
黒い帽子、サングラス、マスクを身につけており、顔のほとんどが見えない。誰なのか、何者なのか——医療スタッフすら、その男のことを認識していなかった。
その後、小島の容態は急激に悪化し、苦しみもがきながら何かを叫んだ。そして数時間後、彼は息を引き取った。
死の間際、小島は何を見たのか。
星野は震えながら、こう呟いた。
「こんなことが……なぜ起きたんだ?」
彼の表情には混乱と困惑が滲んでいた。怨念や呪いといった非科学的なものを信じるつもりはなかったが、それでも目の前で起きた異様な出来事を説明する術が見当たらなかった。
【連鎖をよぶ死】
翌日、島倉は突如激しい嘔吐に襲われた。
食べてもすぐに吐き戻してしまい、次第に衰弱していった。ベッドに横たわる彼の耳元で、不気味な囁き声が聞こえた。
夜、苦しむ島倉がふと視線を向けると、窓の外に奇怪な男が佇んでいた。
その男は肩まで伸びた白髪を揺らし、異様に大きな目を見開いていた。
裂けた口からは青白い息が漏れ、まるで島倉を見透かすような鋭い視線を送っている。
島倉は声を出そうとしたが、喉が凍りついたように動かない。
恐怖のあまり身動きが取れず、そのままじっと窓を見つめることしかできなかった。
やがて身体のあちこちに痛みが走り、気づけば皮膚の表面には無数の生傷が浮かび上がっていた。
血がじわじわと滲み、シーツを赤く染めていく。
その夜、島倉の部屋から突如悲鳴が響き渡った。
翌朝、彼は冷たくなった身体で発見された。
キャンプ仲間の渡邊と星野は、事態の異常さに震え上がった。
「どうして?」「先日キャンプに行く前はあんなに元気だったのに……」
彼らはただただ困惑し、恐怖に怯えるばかりだった。
深夜、コンビニからの帰り道、渡邊は道端で奇妙な老人に声をかけられた。
「……この辺りの道を教えてくれんか?」
不気味に響く声に、渡邊は凍りついた。
見れば、老人は肩まで伸びた白髪を揺らし、異常に大きな目でじっと彼を見つめていた。
裂けた口は不自然に広がり、まるで吸血鬼ドラキュラのような黒いマントを羽織っている。
背筋がぞくりと震え、渡邊は本能的に逃げ出したくなった。
だが、脚が動かない。
まるで何かに縛られたように、その場から動くことができなかった。
その日から、渡邊の身体は急速に衰弱し始めた。
止まらない下痢に加え、身体のあちこちに謎の生傷が現れる。
夜になると、どこからともなく囁き声が聞こえ、布団の上には血の染みが広がっていた。
苦しみに喘ぎながら、渡邊はもがいた。
皮膚の裂け目からは、まるで何かが這い出てくるかのように血がじわりと滲んでいく。
そして迎えた朝。
渡邊はベッドの上でうつ伏せのまま、静かに息絶えていた。
星野の恐怖は、もはや限界に達していた。
【幽霊探偵・伊田裕美参上】
スマホを眺める裕美。
『次々と死ぬ大学生、全員が山岳倶楽部の仲間』
裕美はその噂の真相を確かめるべく、大学へ向かった。
学内ではその話題で持ちきりだった。誰もが得体の知れない恐怖を感じ、警戒しながらも憶測を飛ばしていた。
調査を進める中で、裕美はいとも簡単に星野にたどり着いた。
【カフェテラス】
カフェのテラス席で、裕美はラテを飲みながら星野に問いかけた。
「キャンプ、またはそれ以前で何か思い当たることはありませんか?」
星野は一瞬考え込み、突然ハッとしたように顔を上げた。
「そういえば……小島が小さな蛇を見つけて、それを弄んでいたんです。
島倉や渡邊も加わり、蛇を引っ張り合いました。ギィ……という嫌な音がして、蛇の体が裂けてしまいました。
すると、それまであんなに快晴だったのに、急に空が暗くなり、雨雲が広がって雷鳴が響き、大雨が降り出したんです。その晩から小島が突然苦しみ始めました。」
裕美は目を細め、確信を持ったように頷いた。
「それよ!」
【病院での調査】
裕美と星野は、小島が入院している病院へ向かった。
受付で、小島を訪ねてきた人物について尋ねた。
しかし、看護師たちは口を揃えて「星野さん以外に見舞い客はいませんでしたよ」と言う。
疑念を抱いた裕美は、病院関係者に頼み込み、監視カメラの記録映像を見せてもらった。
映像には、星野以外の人物の姿は映っていなかった。
星野は青ざめ、声を震わせながらつぶやいた。
「じゃあ……あの黒い帽子にサングラス、マスク姿の男は……?」
裕美は腕を組み、静かに言った。
「見えない存在がいるのよ」
その夜、裕美は星野と日の出村へ行く約束をし、別れた。
【裕美は日の出村へ】
翌日、星野は日の出村へ行くことができる状態ではなかった。
裕美と別れた直後に自動車事故に遭い、軽傷とはいえ安静が必要だったのだ。
裕美は星野と連絡を取り、単独で日の出村へ向かうことを決意した。
到着した裕美は、まず現場を確認した後、その日は村の民宿に泊まることにした。
【裕美の温泉でくつろぐ】
湯気の立ち込める浴室で、裕美は静かに湯船に身を沈めた。
長旅の疲れを癒やしながらも、どこか落ち着かない気配を感じていた。
ふと鏡を見ると、自分の背後にぼんやりとした影が映っている。
素早く振り返ったが、そこには誰もいなかった。
心の中に違和感を抱きながらも、裕美は湯から上がり、慎重に部屋へ戻った。
【日の出村の調査】
翌朝、民宿で朝食をとりながら、裕美は宿の主人に話を聞いた。
「このあたりの民俗や伝承に詳しい方はいませんか?」
主人は少し考えた後、「昔から神社やお寺に詳しい人が多い」と答えた。
それを聞いた裕美はレンタカーを借り、村内の神社や寺を巡ることに決めた。
道中、偶然目に入った古い塚。
気になって近づくと、石碑には『蛇塚』と刻まれていた。
この村には古くから大蛇信仰があり、蛇は神の使いとされている。
裕美が塚を観察していると、突如として背後に気配を感じた。
【蛇仙人との対峙】
振り返ると、そこにはあの不気味な男が立っていた。
肩まで伸びた白髪、異様に大きな目、裂けた口元が歪んでいた。
男は両手を高く掲げ、まるで鎌のような形にして低くうなるように言った。
「お前は関係ない……何しに来た?」
裕美は冷静に彼を見据えた。
「あんたが今回の事件の犯人ね?」
男はニヤリと笑い、低い声で答えた。
「そうだ。わしの名は蛇仙人。蛇をむやみに殺す者は決して許さん……」
裕美は静かに息を吸い、毅然とした声で言った。
「確かに彼らの行動は反省すべきものだったわ。でも、それでも命を奪うのは間違っている!」
蛇仙人の目が鋭く光り、声が荒ぶる。
「黙れ!」
次の瞬間、男の腕が異様に長く伸び、蛇のようにしなやかに裕美の首を締め上げた。
窒息の危機を感じた裕美は必死に抵抗し、左手をかざした。
その瞬間、腕につけた数珠が鋭く光を放つ。
「ぐわああああっ!」
蛇仙人はまるで灼かれるように顔を覆い、呻きながら後退した。
「助かった……。」
裕美は大きく息をつき、戦いの終わりを感じた。
【幽霊探偵対蛇仙人】
裕美が民宿に戻ると、一人の女性が訪ねてきた。
「あたしに何のご用でしょう?」
女性は微笑みながら答えた。
「私は幽霊探偵さんのことを噂で聞きました。ぜひお話をしたいと思いまして」
裕美はじっと女性を見つめ、ふと何かを思い出したように手を差し伸べた。
「ちょっと待ってください」
立ち上がると、テーブルの上に置かれていた一枚の和紙と筆を手に取った。
「あたし、絵を描くのが趣味なんです。あなたの似顔絵を描かせていただきますね」
そう言うと、裕美は和紙を膝の上に広げ、女性に質問を投げかけつつ、筆で点を打ち始めた。次々と投げかけられる72の質問。女性は戸惑いながらも答えていく。
全ての質問が終わると、裕美は点と点を結び、鋭い声で一言。
「蛇仙人!」
瞬間、女性の体が激しく震え出し、空間が歪んだように見えた。そして次の瞬間、彼女の姿は霧のように消え去り、その霊気は和紙に封じ込められた。
【蛇仙人の真実】
裕美は再び祐天寺を訪れ、蛇仙人を封じ込めた和紙を和尚に手渡した。
和尚は封印の準備を進めながら、静かに語り始めた。
「蛇仙人……かつてこの村に実在した呪術師の名だよ。」
「呪術師……?」
「そうだ。約千年前、この地では大蛇信仰が根付いていた。蛇を神の使いとして崇め、人々は祭祀を捧げていた。だが、あるとき、村人がその信仰を裏切ったのだ。」
和尚は深いため息をつき、続ける。
「村に飢饉が続いたとき、人々は蛇を神と敬うどころか、貴重な食料として狩り始めた。これに激怒したのが、村の呪術師、蛇仙人こと『葛葉(くずのは)』だった。」
裕美はその名を聞いて、驚きに目を見開いた。
「葛葉……それが蛇仙人の本名?」
「そうだ。彼は呪術を駆使し、村に呪いをかけた。蛇を殺した者は原因不明の病で死に、村人は恐怖に包まれた。だが、彼の力はやがて寺の僧侶たちによって封じられ、そのまま歴史から姿を消した。」
【カフェにて】
事件を終えた裕美は、街のカフェで一息ついていた。
窓際の席でカフェラテを片手に、穏やかな昼下がりを楽しんでいる。
ふと、スマホの画面に目を落とすと、新たな不可解な事件の記事が飛び込んできた。
裕美は微笑みながらラテを一口飲み、静かに呟く。
「幽霊探偵・伊田裕美の戦いは、まだまだ続くようね……。」