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幽霊探偵と呪われた人形
【第一章:呪いの予兆】
高橋錦蔵(たかはし きんぞう)は、都内の大学経済学部に通う2年生だった。彼の趣味は少々変わっていて、魔女人形や日本人形を収集することだった。彼の部屋は、まるで小さなホラーハウスのような空間になっていた。
【ブサイクな男、高橋錦蔵】
錦蔵は、いわゆる「残念な男」と言われるような風貌をしていた。身長は平均よりやや低めで、猫背気味。姿勢が悪いため、余計に小さく見える。顔は脂ぎっており、額のあたりはすでに薄くなり始めていた。目は小さく、眼鏡の奥に埋もれたような印象を与える。鼻は団子鼻で、口は厚ぼったく、笑うと歯並びの悪さが目立った。
服装にも無頓着で、いつもヨレヨレのシャツに毛玉のついたセーターを重ね着している。靴は汚れており、歩くたびにギシギシと音を立てた。そんな彼だが、人形に対しては異常なほどの愛情を持っており、部屋は人形で埋め尽くされていた。
【錦蔵の住むアパート】
彼が住んでいるのは、築50年を優に超えるであろうオンボロアパートだった。都内の外れにある木造二階建ての物件で、家賃は驚くほど安い。外壁のペンキは剥がれ、夜になると廊下の電灯がチカチカと点滅する。
部屋の中では、古びた畳が軋む音を立て、ところどころにシミが浮いている。台所の蛇口を少しひねると茶色い水が出ることがあり、風呂場には長年の湿気で黒カビがこびりついていた。そんな環境でも、彼は気にせず暮らしていた。
【錦蔵の人形コレクション】
錦蔵の部屋の至るところに、魔女人形や日本人形が並んでいた。ガラスケースの中には西洋のアンティークドールが鎮座し、その隣には漆黒の瞳を持つ日本人形が並んでいる。
魔女人形は鋭い目つきをした顔に真紅のドレスを纏っており、まるで何かを呪っているような表情をしていた。一方の日本人形は、長い黒髪が艶やかに輝き、十二単を纏ったものや舞妓の姿をしたものまで、さまざまな種類があった。
最近、同棲を始めた彼女が「気持ち悪い」と言ったため、渋々それらの人形を押し入れにしまい込んだ。
錦蔵が日本人形をしまうとき、名残惜しそうに「ごめんね」とつぶやいた。彼は人形たちに愛着を持っていたのだ。捨てる気には到底なれなかった。
その夜——
彼はある夢を見た。
少女がにこにこと笑いながら馬に乗っている。着物姿の少女だったが、そこから先の姿は思い出せない。袴を履いているのか、それとも着物の裾を割って馬にまたがっているのか……。
白い肌襦袢の上に赤い襦袢を重ね、その上からさらに白い衣を纏っていた。
錦蔵は特に気にも留めなかった。
清家瞳という女性
彼女の名前は清家瞳(せいけ ひとみ)。物理を専門に学ぶ大学生で、将来は研究所で働くことを目指していた。
瞳は知的な雰囲気をまといながらも、親しみやすい笑顔を持つ女性だった。黒髪のショートボブが顔の輪郭を際立たせ、理知的な印象を与える。大きな瞳には強い意志が宿り、何かに熱中すると周囲の音が聞こえなくなるほど集中力が高い。
服装はいつもシンプルで、カジュアルなニットやパンツスタイルを好んでいた。彼女は余計な装飾を嫌う性格だった。
錦蔵と瞳は同じ大学に通っており、毎朝一緒に登校していた。
【大学の雰囲気】
二人が通う大学は、都内でも歴史のある名門校だった。キャンパスは広く、煉瓦造りの校舎が並んでいる。春には桜並木が美しく、秋には銀杏の葉が黄金色に輝く。
学生たちは思い思いに談笑しながら歩き、カフェテリアでは朝から活気があふれている。研究棟の前には白衣を着た学生が忙しそうに行き交い、講義室では教授が熱心に板書していた。
「西洋経済史」の授業が始まる前に、二人は教室へ入った。すると、クラスの「学級委員長」的な存在の男、【山崎闇斎(やまざき あんさい)】が錦蔵の前に立ちふさがった。
「クラスメイトの藤本義一(ふじもと よしかず)が亡くなった……クラスで香典を出したいのだが、一人5,000円で協力してくれるか?」
「えっ……」
錦蔵は一瞬言葉を失った。
「そういえば、藤本を最近見かけなかったな……」
藤本は脊髄腫瘍という病気を患っていた。そして、彼もまた錦蔵と同じ19歳だった。
その事実を聞いた瞬間、錦蔵の頭の中に、昨夜の夢に現れた少女の笑顔がよぎった——。
【第二章:第二の死】
錦蔵は瞳にクラスメートが亡くなったことを告げた。
二人は重苦しい雰囲気で食事をとった。
「俺には瞳みたいな綺麗な彼女がいるけど……藤本は可哀想だったな……」
「人には運命があるのよ…」
「そうだね」
それから何もなく、数日が過ぎた。
そんなある日。
少女が料理をしている夢を見た。少女はにこにこ笑いながら、包丁を手にし、何かを切っている。
錦蔵は目が覚めると、隣で瞳が寝ていた。思わず錦蔵は軽く接吻をする。
【学生会館食堂】
大学の学生会館に併設された食堂は、昼時ともなれば多くの学生で賑わっていた。広々とした空間には、四人掛けのテーブルが整然と並び、カウンターの向こう側では調理スタッフが忙しそうに動き回っている。
食堂のメニューは定番のカレーやラーメン、日替わり定食などが並び、食券機の前には長蛇の列ができていた。壁には「今週のおすすめ」と書かれた手書きのメニューが貼られ、学生たちの活気ある声が飛び交う。食堂特有の油と揚げ物の匂いが漂い、トレイを持った学生たちが席を探していた。
錦蔵は、いつものように食券機でカツカレーのボタンを押し、トレイを持ってカウンターで受け取る。黄金色のカレーの上には揚げたてのサクサクしたカツが乗っていた。彼はこのカツカレーを愛してやまなかった。
「しかし、最近飽きてきたな……」
錦蔵はそう思いながらも、カレーの香りを楽しみつつ、スプーンを口に運ぶ。しかし、なんとなく胃が痛む気がした。
「最近、ちょっと胃が重いな……そろそろ立ち食いそばに変えるか……」
そう考えながら、カレーを食べ進めていたその時だった。
突然、ものすごい音がした。
振り向くと、目の前の学生がテーブルに顔を伏せるように倒れた。
ドンッ! その音が響いた瞬間、食堂内のざわめきが一瞬で凍りついた。
数秒の静寂の後、周囲の学生たちが慌てて駆け寄り、ざわざわと声を上げる。
「大丈夫か!?」
「おい、誰か救急車を呼べ!」
誰かが叫んだ。
周囲の学生たちがスマホを取り出し、119番に電話をかける。倒れた学生は目を見開いたまま、荒い息をしながら胸を押さえていた。頬は青ざめ、体は痙攣しているようにも見えた。
錦蔵は、あまりの衝撃にスプーンを持つ手が止まった。目の前で人が倒れる瞬間を初めて見た。心臓がドクンドクンと鳴る。手のひらにじっとりと汗が滲む。
「なんだよ……」
動けなかった。
食堂のスタッフが飛び出し、倒れた学生を横に寝かせる。応急処置が施される中、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
救急隊員が到着し、学生は担架に乗せられ、慌ただしく救急車へと運ばれていった。
しかし、その日のうちに、彼の死亡が確認された。
死因:心臓発作——。
錦蔵は、静かにスプーンを置いた。手が微かに震えている。
「最初の藤本は病気だった。今日の目の前の学生も……病気といえば病気だが……」
だが、どうしても拭えない違和感が残る。まるで、何かに導かれるように次々と死が訪れている——。
「納得がいかない……」
薄気味悪さが、錦蔵の全身を包み込んでいった。
【連鎖する死】
家に帰った錦蔵は、瞳に今日の出来事を伝えた。
「なんか怖い、気持ち悪い……」
こたつに入り込んだ錦蔵は、じっと手のひらを見つめながらそう呟いた。
「偶然よ」
瞳はそう言って首を振った。
「大学の生徒って何人いると思うの? このキャンパスだけで4,000人いるのよ。その中で数人が亡くなることなんて、珍しいことじゃないわ」
そう言いながらも、瞳はどこか不安そうに錦蔵の顔を覗き込んだ。
【二人の静かな夜】
瞳はそっと錦蔵の横に座り、彼の背中に腕を回した。温かいこたつの中、二人の距離は自然と近づく。
「気にしすぎよ、大丈夫だから……」
瞳は優しく囁きながら、彼の肩に頭を預ける。錦蔵は戸惑いながらも、その温もりに安心感を覚えた。
「でもさ……」
「もう、怖いことは忘れて……ほら、こっち向いて」
瞳は静かに顔を上げ、錦蔵の頬をそっと撫でた。そして、彼の唇に優しく触れる。
錦蔵もまた、彼女の肩を引き寄せる。二人の間にある緊張が和らぎ、互いの体温を感じながら、しばらくの間寄り添い続けた。
「……おやすみ、錦蔵」
瞳の囁きに、錦蔵は小さく頷いた。そして、安心感と疲労に包まれながら、彼は静かに眠りについた。
瞳は錦蔵の手を取り、ゆっくりと自分の頬に当てた。
「大丈夫よ、考えすぎよ」
彼女の手の温もりが、錦蔵の不安を少しだけ和らげる。二人は静かに寄り添い、互いの存在を確かめるようにそっと唇を重ねた。
ゆるやかに流れる時間の中で、錦蔵は少しずつ心を落ち着かせていった。柔らかな灯りが部屋を包み、彼女の髪の香りが漂う。
「……おやすみ、瞳」
錦蔵は、瞳の肩をそっと抱き寄せ、眠りに落ちた。
しかし、その夜もまた、夢を見た。
少女が木から吊るされたブランコに乗り、楽しそうに笑っている。
不思議なことに、彼女は着物姿だった。
【翌朝】
錦蔵の最初の授業は体育だった。体操着に着替え、誰もいない体育館へ一番乗りで向かう。
ドアを開けると、ひんやりとした空気が流れ込んできた。
ふと、違和感を覚えた。
視線を上げると、二階の手すりから首を吊っている学生が見えた。
まるで時間が止まったように、彼の体は微動だにせず、宙に固定されているかのようだった。
「……嘘だろ……?」
錦蔵は一歩も動けなかった。
【第三章:幽霊探偵伊田裕美参上!】
【伊田裕美の登場】
伊田裕美(いだ ひろみ)は、“幽霊探偵”として知られる旅行ルポライターだ。彼女の足取りは全国各地の怪奇現象や未解決事件を追い求め、真相を解き明かすことを使命としていた。
身長175センチの長身と端正な顔立ち、切れ長の瞳はまるで真実を射抜くような冷静さを帯びている。彼女は、これまでの取材を通じて数々の不可解な事件と向き合ってきた——そして今、新たな事件が彼女を呼んでいる。
普段は黒のパンツスーツに白いシャツを合わせ、取材の際には動きやすい格好を心がけている。そのシンプルな装いが彼女の知的な雰囲気をより引き立てていた。人当たりは柔らかく、取材対象者には丁寧に接するが、事件の核心に迫るときには容赦なく突っ込む鋭さを持っている。
ある日、彼女は新たな取材のために東京へとやってきた。目的は、最近大学内で続いている不審な死亡事件について調査することだった。
「最近、この大学で妙なことが起こっているらしい……。偶然にしては、死者が出すぎているわね。」
彼女の手元には、事件の簡単なリストが書かれたメモがあった。
藤本義一(19歳):病死
不明の男子学生:食堂で心臓発作
不明の男子学生:体育館で首吊り
短期間の間に、次々と若者が亡くなっている。偶然の連続か、それとも……。
「調べる価値はありそうね。」
彼女は静かに微笑みながら、取材の準備を始めた。
【清家瞳からの依頼】
清家瞳は理系の学生で、オカルトを信じるタイプではない。
しかし、最近の死亡事件の連鎖に不安を感じ、科学的な説明がつかないことに困惑していた。
そんな折、大学の掲示板や学内メディアを通じて、「心霊現象を取材するライターが訪れている」という話を耳にした。
「幽霊なんて信じないけど……でも、もし本当に何か原因があるなら、知りたい。」
瞳は意を決し、裕美に連絡を取る。
学内のカフェで向かい合うと、裕美は慎重に瞳の話に耳を傾けた。表情は穏やかだったが、その瞳は確かに鋭さを帯びていた。やがて、ふと興味を引かれたように微笑み、「あなたの彼氏の話も、かなり興味深いわね」と静かに告げた。
【裕美と錦蔵の対面】
学内のカフェで錦蔵と対面した裕美は、穏やかな口調で話しかけた。
「今までの経緯を詳しく聞かせてくれる?」
錦蔵は最初こそ半信半疑だったが、裕美の落ち着いた態度と鋭い質問に引き込まれ、次第に自分が見てきたものを語り始めた。
話をしているうちに、錦蔵は夢で見た少女の行動が、現実の死の状況と一致していることに気づいた。
藤本の死のときに見た夢
夢の中で少女は馬に乗っていた。
現実では、藤本は裕福な家の出身で、親は馬主をしていることを自慢していた。
食堂で死亡した学生の時に見た夢
夢の中で少女は料理をしていた。
現実では、食堂で学生が定食を食べながら死亡している。
体育館で首吊りした学生の時に見た夢
夢の中で少女は木に吊るされたブランコをこいでいた。
現実では、体育館の二階手すりから学生が首を吊っていた。
錦蔵が夢の話をすると、裕美はその関連性に即座に気がついた。
「つまり……あなたの夢と、実際の不審死が密接に絡んでいるということね。」
だが、ここで新たな疑問が生じる。
「でも、どうしてあなたはその夢を見るの? 夢の少女は何を伝えたいの?」
裕美は冷静に考えを巡らせる。
「少女の夢は、ただの偶然じゃない。あなたに何かを知らせようとしているのかもしれない。」
しかし、現時点ではそれ以上の推理はできなかった。
「まずは、あなたの持ち物や、最近関わったものを調べてみる必要がありそうね。」
事件の核心へと一歩近づいたが、謎はますます深まるばかりだった。
【第四章:さらなる死】
錦蔵はまた夢を見た。
今度は少女が古い本を読んでいた。
目を覚ました錦蔵は、すぐに裕美へ連絡を入れる。
「また夢を見た……今度は少女が本を読んでいたんだ。」
裕美は瞬時に次の死の場所を言い当てた。
「図書館ね。」
裕美は急ぎ、大学の図書館を利用するための一般利用者カードを作成し、すぐに向かった。
しかし、午前9時過ぎ、休校中の図書館で勉強していた学生が、突然意識を失い、そのまま死亡してしまった。
裕美は現場を見て、小さく呟いた。
「遅かった……」
事件の情報を探るため、裕美は死亡した学生が座っていた席に向かう。
そこには、一冊の古びた和綴じ本が開かれたままになっていた。
本の内容は「江戸時代の呪物とその伝承」に関するものだった。
さらに、本の端には「人形供養」のページが折られたまま開かれていた。
裕美の脳裏に、何かがつながる感覚が走った。
「これは……人形?」
【氷川神社】
裕美は人形の魔力を封じる手段を探した。
そして、次の文章を見つけた。
【鎮魂の鏡(ちんこんのかがみ)】
概要:
古来より、日本では鏡が「霊を封じる器」として用いられてきた。特に「黒漆塗りの銅鏡」は、怨霊や悪霊を映し、それを封じ込める力を持つとされる。この鏡を人形の前に置き、特定の呪文を唱えることで、人形に宿る怨霊を封じ込めることができる。
使用方法:
・鏡を人形に向けて、特定の呪文を唱える(例:「鎮めの詞」)。
・怨霊が鏡の中に引き込まれた後、鏡を割り、霊を閉じ込める。
・その鏡を所有している氷川神社を訪ねることにした。
氷川神社は大学の隣にあり、長い参道が続く静かな場所だった。古い鳥居をくぐると、両脇には大きな欅の木が立ち並び、風が木々を揺らしていた。境内には苔むした石灯籠が点在し、神秘的な雰囲気を醸し出している。
神社の社務所には宮司の嵐糺(あらし ただす)がいた。五十代半ばの彼は、背が高く筋肉質な体格を持ち、白髪混じりの短髪をしていた。朗らかな笑顔を浮かべ、気さくな性格の持ち主であった。
裕美は宮司に事の詳細を伝え、鏡の借用を申し出た。
【錦蔵の部屋】
裕美は錦蔵に尋ねた。
「あなたのまわりに人形はありませんか?」
「人形ね…」
はたと手を打って、
「あります! 押入れに!」
急いで押し入れを開けると、ぎっしりと詰まった古びた日本人形の顔が、こちらを覗くように並んでいた。ほこりをかぶったガラスの瞳が光を反射し、妙に生気を帯びているように見える。錦蔵は、一体を取り出しながら、どこか居心地の悪さを覚えた。
その時、玄関のドアがゆっくりと開いた。
「……ただいま。」
瞳が戻ってきた。しかし、いつもの柔らかな笑顔はなかった。無表情で、どこか焦点の合わない目をしている。ゆっくりとした足取りで台所へ向かうと、彼女は迷うことなく包丁を取り上げた。
「瞳……?」
錦蔵の声が震える。
次の瞬間、彼女は無表情のまま裕美へと襲いかかる。
裕美は咄嗟に避けようとしたが、バランスを崩し転倒した。
瞳は狂気に満ちた顔で、裕美の上に馬乗りになり、包丁を振り上げる。
「錦蔵君!」
裕美は必死に叫んだ。
「私のカバンから持ってきた鎮魂の鏡を…出して、人形に向けて!」
錦蔵は恐怖に震えながらも、なんとかカバンを開け、鏡を取り出す。
「このあとどうするんですか!」
「私の言葉を信じて!」
裕美は両手で瞳の手首を押さえつけながら、低く、しかしはっきりとした声で呪文を唱え始めた。
「掛介麻久母畏伎……」(かけましくもかしこき……)
その瞬間、部屋の空気が変わった。どこからともなく冷たい風が吹き抜け、部屋の隅に積もっていた埃がふわりと舞い上がる。
瞳の動きが一瞬止まる。そして、彼女の瞳がかすかに揺らいだ。
「やめて……」
か細い声が漏れた。だが、それは瞳の声ではなく、まるで別の誰かがそこにいるような——。
その言葉が響いた瞬間、瞳の動きがピタリと止まる。
つり上がっていた目がゆっくりと元の穏やかな表情へと戻っていく。
次の瞬間、彼女はハッと息を飲み、震える手から包丁を落とした。
瞳は何が起こったのかわからない様子で、混乱した目を裕美と錦蔵に向ける。
「……何が……?」
裕美は深く息をついた。
「怨念は消えたわ……」
【エピローグ】
裕美と錦蔵は、人形を氷川神社に預けることにした。
宮司の嵐糺(あらし ただす)は、神妙な表情で人形を手に取り、静かに語った。
「この手の人形は、昔、人の髪や爪を使って作られることがあり、そのために強い念が宿ることがあるのです。」
彼は人形を撫でながら続けた。
「そして……急激に人が亡くなったのは、きっとこの人形が『捨てられた』という強い怨念を持っていたからでしょう。しかし、もう大丈夫。神社でしっかりと供養し、大切にお預かりします。」
裕美は深く頷き、安堵の表情を浮かべた。
錦蔵もまた、長く続いた恐怖が消え去ったことに、ほっと息をつき、胸をなでおろした。
裕美はふと、神社の鳥居を見上げた。そこには、穏やかな青空が広がっている。
「ありがとう、幽霊探偵。」
錦蔵の声に、裕美は小さく微笑んだ。風が吹き抜け、境内の木々がざわめく。彼女のスーツの裾が揺れた。
「また、何かあれば——。」
そう言いかけた彼女の言葉は、風にかき消された。次の瞬間、彼女の背中は鳥居の向こうへと消えていった。