星神楽㊷ 天狼星の下、花の舞
夜更けが迫り、神楽は、前日に行われた、式一番(しきいちばん)の星神楽、式二番(しきにばん)の清山(きよやま)、式三番(しきさんばん)の地割(じわり)……、と始まりつつあった。まだ、三番目しか、終わっていないのだ。
一晩中舞われる、銀鏡神楽は計三十三番もある舞は、朝方になっても舞われ、旭日が高く上る、白昼になっても勢いづくのだ。
境内の空気は張りつめ、ここがどこか、見知らぬ神の園に迷子になってしまったような心地がする。
笛の音とともに外神屋(そとこうや)に入ると、息を少し吐くだけで白く靄がかかる。
足を動かし、腰をおろす。
素襖の袖を腰に合わせた。炎と交わる音がここまで聞こえる。
邪心はあってはならない。
足袋の位置を引き締めると、真冬だから空気の線も張りつめ、荘厳な雰囲気も一役買った。
鈴を振ると手首がグシャリと折れ、身重になるのだが、逆にそれが喝采になっている。
あるのは暗闇だけ。
皓々と照らしだす、佳月もどこかに追いやられてしまった。
足を動かすと左手に持つ扇と、右手に持つ神楽鈴が合わさり、僕らは光と闇が交差する。
足を動かし、腰を下ろすと、素襖の袖を腰に合わせた。
扇を目の位置に合わせると、鈴を腰につけ、腰に巻いた袖をほどき、鈴を一束、振った。
金属が低く擦れた、気前のいい音がする。
鈴と扇を眼の位置に上げて円を作った。
笛の音が威勢よく鳴り響き、太鼓と摺り鉦が互いに打つ、筋の通った大きな音。
楽(がく)と呼ばれる、木の板を打つ楽器の特有の木の音、太鼓の調べが聞こえてくる。
一定のテンポを崩さず、長い時間、打っているのに、リズムは狂わなかった。
見物客が大勢見張っているのは気配で、自ずと分かった。
それも真剣に。
不思議と疲れは出てこなかった。
冬の夜の荒星の下の、ツンとした空気の線、背筋の底から這いつくような寒さ、永遠に鳴り響く笛の音、鈴が振られる神妙な音、片割れ星も盈月もメインではない、外神屋。
鈴と扇を持ったまま前へ、後ろへと移動し、扇を置いた。
左腕にあらかじめ、置いてある一枚の榊の葉を口に咥え、一周する。
もう、一枚の榊の葉を人差し指と中指の間に挟み込み、危うく落ちそうになったが機敏に対応し、防いだ。
汗が額に滴りながら足を右に、左に中央に動かし、最後には一心不乱に舞の花を揃えた。
舞が終わった後、僕は気が抜けたように疲れと汗が出て、しばらくの間、声も上げられなかった。
内殿に戻るとおじさんたちから、労いの言葉をもらい、ほっと安心したがうまく舞えたか、無性に心配になった。
自分のせいで、神聖な神楽舞を穢したらいけない、と思った。
「よく頑張った。上手くできていたよ。頑張ったかいがあったな! この調子で神楽の後継者になったらいいな!」
長である伯父さんは、最大限の誉め言葉を投げてくれた。
「綺麗に舞えて良かったです!」
つい、夢中になって僕には似つかわしくない、嬉しさに溢れた感想を言った。
「辰一君、一人剣をする出番だから見てくれよな。威勢がいいぞ。何しろ、本物の刀を使うからな」
星神楽㊸ 余興の夜|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)