星神楽㊵ トパーズブルーの薄明り
姫は一輪の花も咲かない、みすぼらしい桜の木の下に立っていた。
冬隣の老樹に立っている姫は、醜悪な容貌のはずなのに、銀幕で繰り広げられる、魔性の女優のようにも思えた。
死に目を見た蛇のような、爛れた頬も前髪に隠れ、酷く艶めかしく見える。
夢の余韻がまだ終わっていない、と僕は投げやりになりながら、冷静に分析する。
欲と無縁というわけにはいかぬ、年代に差し掛かかりつつある。
身体中が生命力の強い蝮のように欲し、奥底の裂け目を求めている、少年の憂悶。
漆黒の奥底へ行こう、と蠢めく僕の赤い矢印。
「あらあら、可愛いらしい。自分が蒔いた、罪悪感に震えているのですね。己に降りかかった、災厄に戸惑い、感傷に耽っているのですね。ああ、本当にあの方にそっくり」
姫にはもう、邇邇芸命のことしか、眼中にはないようだった。
夕方の清羅さんの口調によく似ていた。
ああ、そうか、と僕は妙に納得した。
「……僕は誰とも交わらない。君を裏切った、その人みたいに僕は誰とも関わらない」
わざと夕方のことには触れず、僕の確固たる決意表明に、姫がけたたましく笑った。
「おやおや、そうは言っても、欲には逆らえないでしょうに? その容顔では勿体ないことでしょうに? あなたが拒んでも、女が黙りませんよ」
姫と僕は同じかもしれない、と姫の切ない言動を鑑みて、判断した。
絶海に閉ざされた性根、陰湿に飛び交う恨み、半端に燃え上がらぬ妬み、極度に自分の価値を下げさせた、生産性のない誹りも、その黒曜石のように鋭利な心の澱んだ奥底では、外見上ほとんど変わらないかもしれない。
桜が咲いていない桜の木は、酷く無残な枯れ枝を空に晒していた。
桜は一年のうちにわずかな栄華しかない。
「あなたはなぜ、そんなに自信がないのです? 年増の女なぞ、相手にしなくてもうら若い、若芽のような、少女にいくらでも縁がおありでしょうに。乳離れができぬ、嬰児のようね」
僕は何も言わずに姫の豆粒のような瞳を見つめた。
両足の裂け目には隠滅した、温もりはまだ残っていた。
玲瓏な鏡のようなその白い肌を撫でる、日なんて僕に来るものか。
「あなたはあの方によく似ております」
荒れ果てた都城の辻占に出現する、亡霊のように姫は消え去った。
黒い山の端からトパーズブルーの薄明りが見えた。
東雲だ。
声変わりをしてから、どれくらい月日が流れたのだろう。
石長比売のように遠くの山まで投げたかった。
このまま、持ち切ればいいんだ、と恨み嘆きながら。
僕はまた騙されたんだろうか。
ちょうど、音無しの里でさまよい歩く、漂白の旅人が悪巧みを決行する狐に騙されてしまうように。
星神楽㊶ 銀鏡神楽、小宇宙|詩歩子 複雑性PTSD・解離性障害・発達障害 トラウマ治療のEMDRを受けています (note.com)