三石巌の分子栄養学講座−8
この文章は三石巌が1984年に初めて分子栄養学を勉強される方へ向けて書いたものです。
分子矯正栄養学
アメリカ上院栄養問題特別委員会報告書という歴史的文書の批判をとおして、従来の栄養学も、いわゆる新しい栄養学も、理論の柱がないために、矛盾をはらみ、説得力に欠けることを明らかにしてきました。そこで、栄養学の理論の基礎をどこにおくべきか、という問題にぶつかります。しかし、分子生物学という、生命の根本をにぎる科学が誕生した今日、栄養学の基礎に分子生物学がおかれなければならないことは、疑問の余地のないところだ、と私は思います。私の分子栄養学がそこから生まれたことは、もう説明する必要はありますまい。
言葉のうえで、分子栄養学とよく似たものに、分子矯正医学があります。それについては、例の報告書もふれているわけですが、ポーリングは最近、これを分子矯正栄養学に改名しました。言葉のうえで似ているといったのは、この分子矯正栄養学のことです。日本ではこれを、分子整合栄養学と訳す人があらわれました。
分子矯正栄養学、分子栄養学は同じものなのでしょうか。違うとすれば、どこが違うのでしょうか。
分子矯正医学の提唱者ポーリングは、特定の栄養素の分子濃度が低いことからくる病気があること、その病気は、分子濃度を高めることによってなおることを主張しました。そして、そのような治療法をとる医学を、分子矯正医学としたのでした。考えてみれば、それは医療手段というよりも、栄養補給といったほうが適切です。そこで彼は、分子矯正医学を、分子矯正栄養学に改称したのだと思います。
ここまでの説明でおわかりのとおり、分子矯正栄養学のいう「分子」は、ビタミンなどの栄養素の分子以外のものではありません。したがって、分子矯正栄養学の本質は、われわれが問題にしている分子生物学とは、いささかのかかわりもないわけです。そういっては悪いけど、分子矯正栄養学の理論は、きわめて浅いところにしかありません。でも、それは分子矯正栄養学の実用的価値をそこなうことにはならないのです。分子矯正栄養学は、一つの実学といえるでしょう。分子整合栄養学についてもこれと同じことがいえるわけです。結局、分子矯正栄養学も分子整合栄養学もDNAレベル、遺伝子レベルの科学ではありません。それは、分子栄養学とは全く違う次元の学問なのです。
分子栄養学は、DNAレベル、遺伝子レベルの栄養学であるという意味において、古典栄養学とも違い、アメリカ上院栄養問題特別報告書が誘発したもろもろの新しい栄養学とも違います。そして、分子栄養学こそが、二十世紀後半の科学の進歩に対応する、今日的理論をもつ唯一の栄養学であるといえるのです。
私が白内障になった理由
ここまでの話で、分子栄養学がほかの栄養学と比較して、独特なものであることが、おわかりになったと思います。そこには、ちゃんと理論もあり、実際的な方法もある、ということです。その具体的なことは、『分子栄養学の理論と実際』を見て、納得して頂きたいと思います。
分子栄養学に関する私の理論は、いくつかありますが、その最初のものは、分子生物学と無関係です。それは、私が分子生物学を知らない時期にえたものだからです。
1961年、私は白内障との診断をうけました。このとき私は、文献をあさって、この眼病の原因がビタミンCの不足である、と書いたものにぶつかりました。それを100パーセント信用したわけではありませんが、わたしはそれについて、いろいろと思いめぐらしました。
まず第一に考えたことは、私はなぜ白内障にならなければならなかったのか、という問題です。その問題を抱えながら、私は早速ビタミンCの注射をはじめました。注射の手数は同じことなので、5ミリリットルの注射筒に、ビタミンB群をいっしょにすることにしました。
当時、ビタミンCの薬剤は普及していません。だから、日常的にビタミンCを補給している人などは、いないはずです。それなのに私だけがそれの不足になった理由について、私は、自分がとくに大量のビタミンCを必要とする体質なのだ、と考えました。友人のK医博は、目玉の血流量がすくないのだろう、といいました。
私は、注射と平行して、目玉の体操を工夫しました。それは、血流量を増やす方法として有効なはずでした。この目玉の体操については『日常生活の健康情報』に紹介があります。その体操は、眼筋をきたえて、血管を太くするのがねらいでした。
目玉の体操は、近視や老眼にもよいことがわかり、テレビに引っぱりだされる一幕もありました。とにかく、ビタミンCと目玉の体操とで、私の白内障が快方にむかったことは事実です。 ところで、私がとくに大量のビタミンCを必要とする体質である、という私の見解は棚あげのままでした。それについての1つの仮説を私が思いついたのは、翌1962年のことでした。それは、次のようなものです。
ビタミンCの持ち場はいくつもあるでしょう。その持ち場には、優先順位があるでしょう。私は、白内障になっても、壊血病にはかかっていません。そこで、抗壊血病作用が抗白内障作用に優先した、と考えることができるでしょう。ビタミンCのいくつかの作用の優先順位の点で、私の場合、抗白内障作用が、かなり下位にあるのでしょう。 それが私の考えの発端でした。
三石巌
1901年 東京都出身
東京大学理学部物理学科、同工学部大学院卒。
日大、慶大、武蔵大、津田塾大、清泉女子大の教授を歴任。
理科全般にわたる教科書や子供の科学読み物から専門書にいたる著作は300冊余。
1982年 81歳の時、自身の栄養学を実践するために起業を決意し、株式会社メグビーを設立。
1997年 95歳で亡くなるまで講演・執筆活動による啓発につとめ、
生涯現役を全うした。