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「サタンもしくはルシファー」第2話

    モサドの連中は、俺についてひと通り調べあげたあと、今度は精神面を傷めつける実験を始めたのだ。
 向精神薬の入門編として、まずアルコールが試された。場所をバーカウンターに移して、俺のアルコール強度実験が、始まった。
    「お前は、アルコールがいけるクチか?」「どんな酒が好みだ?」
    「ビールやウイスキー、ジンなど。甘いカクテルも飲めるぜ」
    「好きな銘柄は?」
    「ベルギービールのシメイがいいね。ウイスキーだと、スコッチのシングルモルト。例えばラフロイグやボウモアなど」
    「ほかには?」
    「バーボンに昔はまっていて、ブラントン、ブッカーズ、ジョージ・ディッケル(これはテネシーウイスキーに属する)などをよく飲んだよ」
    「飲み方は?」
    「やっぱりオン・ザ・ロックだね」
 つい調子に乗って、こう言ってしまった。
 モサドのエージェントが不敵な笑みを浮かべた。 
    「お望み通り、お好みの酒を提供しよう。ここには、世界中のありとあらゆる酒が、取りそろえてある」
    「じゃあ、最初はシメイから」
    注文通り、3種類のシメイが出てきた。
    まずは、アルコール度数7%のシメイ・レッド。ブドウのようなフルーティーな味わいが楽しめるビールだ。俺は喉をゴクゴク鳴らしながら、褐色の液体を飲み干した。
    次は、8%のシメイ・ホワイト。こちらは、白ワインのような味とホップが効いた、まろやかさが特徴。差し出されたグラスは、あっという間に空になった。
    最後は、9%のシメイ・ブルー。濃厚なカラメル臭に、スパイシーな辛みの残る、シメイの中で俺が最も愛するフレーバーだ。
    3杯のシメイを平らげ、ほろ酔い気分の俺は、続いてスコッチウイスキーを頼むことにした。
    シングルモルト特有の、ピート炭のこげた味わいはクセになる。
    ロックで注文したが、酒をあおりながら飲むミネラルウオーターの「チェイサー」も、俺には欠かせないアイテムだ。
    口に含みながら、喉に流し込むウイスキーを、チェイサーがあとから追いかけ、胃の中で中和されるというわけだ。この飲み方だと、悪酔いしない。
    ラフロイグ、ボウモアを楽しんだあと、グレンフィディック、グレンリベット、マッカラン、タリスカーと、スモーキーフレーバーを、心ゆくまで味わった。
    気分よく酔った俺は、ウイスキーのもう一つの代名詞、バーボンをたしなむことにした。
    甘さが香るヤニ臭さがたまらない。
    ブラントン、ブッカーズ、ジョージ・ディッケルに舌鼓(したつづみ)を打った後、メーカーズ・マーク、オールド・グランド・ダッド、エライジャ・クレイグなどを楽しんだ。
    最後に飲んだ、ジム・ビームの30年物に目を丸くした。「まるでブランデーのようなまろやかさ。こんなウイスキー、俺は初めて飲んだよ」
    モサドのエージェントが、俺の反応にニヤリと笑った。
    最後はカクテルだ。バーテンダーが鮮やかな手さばきでシェーカーを振り、タンブラーをステアしながら、色味美しいカクテルを次々と差し出す。
    ジンをジンジャーエールで割ったジンバック、テキーラをオレンジジュースで合わせたテキーラサンライズ、ラムにライムを絞ったダイキリ。さらにコアントロートニック、カンパリソーダなど、好みのカクテルを頂きながら、俺は次第に我を忘れていることに気付いた。
    これだけ飲むと、楽しく酔う段階はとうに過ぎている。足元がふらつき、思わず椅子から転げ落ちた。
    俺は、ハメを外し過ぎたようだ。
    「ボトル5、6本分は飲んだみたいだな?!」
    「さすがに潰れちまったよ」
    「普通の人間なら、ぶっ倒れて寝ちまうところだ」
 遺伝的には、アルコールに弱い家系のはずだが、俺だけは異端児らしい。     どんなに深酔いしても、吐いたことはあるが、寝たことも記憶を失ったことも一度もない。これは俺の自慢だ。
    「お前の酒の強さは、我々も舌を巻くほどだ」
 モサドのエージェントから及第点をもらい、俺は第一関門をクリアした。



    アルコールが抜けたあと、今度はモサドが睡眠薬をテストしてきた。
 短時間睡眠用のハルシオンから始まり、レンドルミン、ロヒプノール、ダルメートと、徐々に長時間睡眠用へと切り替えられていった。異国での疲れもあり、いずれも俺には効果的で、すぐに心地よい眠りにいざなってくれた。
 ところが最後のべゲタミンで、俺は思わぬ恐怖を味わった。
    過去の想い出がフラッシュバックのように次々と現れ、まばゆい光に包まれた夢の中に、イエス・キリストが立っていた。
    「まだここはお前の来るところではない」
 夢から覚めた瞬間、俺にはイエス出現の意味が分かった。白い光は、日本の三途の川同様、臨死体験を示唆していた。
    「俺は危うく死ぬところだった」
 どうやら、モサドのエージェントが、緊急用にジメチルトリプタミンを飲ませてくれたおかげで、俺は死の淵からよみがえったらしい。
    「こんなところで、くたばってもらうわけにはいかないよ」
 モサドの連中には、ある程度予想されたシナリオだったようだが、俺にはすべてが未体験の領域だ。思わず背筋がゾッとなった。
 こんなことなどまだ序の口だった。この次に恐ろしいドラッグ責めが、待ち受けていたのだ。
    最初は「コカイン」。
肘に打たれたあと、突如として幻覚症状が現れた。皮膚の下をまるで虫が這っているように感じられ、絶叫したのだ。
    あまりにも不気味な感覚に、俺は注射された箇所を、何度もかきむしった。傷口はまたたく間に広がり、肘の辺りが血だらけになった。
    コカインの副作用で、俺は依存症にハマってしまい、いつしかクスリなしでは我慢できない症状に陥った。
    あげくの果てに、仏さまや、閻魔大王らが、次々に現れる幻覚や妄想が、立て続けに俺を襲い、しばらくは、コカインに苦しめられ続けた。
    一定の時間を空けて、今度は「リゼルグ酸ジエチルアミド」(通称LSD)に、ドラッグが切り替えられた。
    舌先にLSDの粉末を垂らされ、意識がハイテンションになる「トリップ」状態に陥った。瞳孔が開き、俺は吐き気を催し、鳥肌が立った。
    デビルやベルゼブル(ハエの姿をした悪魔)など、化け物の幻覚が次々と現れ、俺は恐怖で気を失いそうになった。
    これらの幻覚や幻聴は、「トリップ」な状態が続く間、何日も連続して現れたが、その間、俺は不思議と眠らなくても平気だった。
    その後、LSDなどによる禁断症状が、俺に襲い掛かってきた。悪魔の粉末を、モサドのエージェントに求め続け、クスリ抜きの生活が考えられないほど、激しく俺を蝕んだ。
 最後に登場したのは、最もポピュラーなドラッグ「ヘロイン」だった。
俺はオーガズム(絶頂感)と、対照的にどん底の「うつ」を味わわされる、先の見えない恐怖を体験させられた。
 ヘロインを静脈注射された瞬間、俺はオーガズムを感じ、まるで天下を取ったかのようなウキウキした気分に浸っていた。ところが、このあとがいけない。打って変わって次に、俺は急激に落ち込み、極度の「うつ」になってしまったのだ。
 オーガズムと「うつ」の繰り返しを味わった後、ヘロインなしでは眠れない、禁断症状がこれまたしばらく続いた。
 ドラッグ責めで、俺の精神はズタズタになった。そんな極限状態の中、時折ガブリエルやミカエルら天使たちが夢見に現れ、俺を励ましてくれた。
    俺は統合失調症と診断され、脳の気分を高める「セロトニン」を増やす抗うつ剤を用い、しばしの安定を得た。 
 トリプタノールやテトラミドなどは、俺の気分を高めてくれる特効薬だった。
    しかし、副作用の強いパキシルやジェイゾロフトを服用したときは、自殺したくなるほど大きく気分が落ち込んだ。
 このあとも、モサドは薬物のモルモットとして、俺に様々なクスリを投与しながら、丸1年監視し続けた。
    しかし、ひととおりクスリの服用実験を終えたため、一旦俺を解放した。

    #創作大賞2024 #ミステリー小説部門

 


    
 


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