SaaS企業の分析における重要指標
このnoteでは、元銀行員で現在はSaaSの新規事業支援に携わっている私が、国内のSaaS企業の決算書(IR)を読んで感じたことを綴っています。
今回は、SaaS企業の決算を読む際に、注目すべき指標に焦点を当てて書いてみました。
1.SaaS企業分析における3つの項目とそれぞれの指標
まず、SaaS企業を見る上で重要な項目は下記の3つです。
・成長性(Growth)
・効率性(Efficiency)
・継続性(Retention)
それぞれの項目ごとに指標をまとめました。
■成長性(Growth)
・MRR(Monthly Recurring Revenue)
・ARR(Annual Recurring Revenue)
■効率性(Efficiency)
・LTV(Lifetime Value)
・CAC(Customer Acquisition Cost)
・ユニットエコノミクス
■継続性(Retention)
・Churn Rate
・Net Churn
・Negative Churn
2.各指標について
それでは、次に各指標についてもう少し詳しくみてみましょう。
■成長性(Growth)
・MRR(Monthly Recurring Revenue)
「月次経常収益」と言われます。「毎月決まって発生する売上」を表します。契約月のみ発生する初期費用や、突発的に発生する修理費用などで得られる収益は含みません。
・ARR(Annual Recurring Revenue)
「年間経常収支」と言われます。「毎年決まって得られる1年間分の収益や売上」を表します。初期費用、追加購入費用、コンサルティング費用といった突発的な売り上げは含めません。
■効率性(Efficiency)
・LTV(Lifetime Value)
「顧客生涯価値」と呼ばれます。一般的には顧客の商品やサービスに対する愛着度(顧客ロイヤリティ)が高い企業ほどLTVが高まりやすくなります。
上記の式で表現されます。したがって、LTVの値を高めるには、商品やサービスの単価、購入する回数(頻度)、契約を継続する期間のいずれかを高める必要があります。
・CAC(Customer Acquisition Cost)
「顧客獲得費用」と呼ばれます。顧客1社を獲得するために要した営業・マーケティングのトータルコストを指します。
CACの顧客獲得コストは、人件費や運用コストなどのさまざまコストを考慮します。自社サービス全体の顧客獲得単価を示す場合に用いることが多いです。似た指標で、CPA(Cost Per Acquisition)があります。主にデジタル広告(Googleやソーシャルメディア)の分野で使用されます。1人の顧客獲得に必要となった広告費用を表すときに、CPAが用いられます。
・ユニットエコノミクス
単位あたりの収益性を見るもので、SaaSでは1ユーザーあたりの採算を示す指標として用いられます。
顧客が生涯にわたってその企業にもたらしてくれる収益(LTV)と
一人あたりの顧客の獲得費用(CAC)を用いて下記のように求めることができます。
一般的なSaaS企業において、3を超えることが望ましいと言われています。
従来の「売り切り型のビジネス」と違いサブスクリプション型のビジネスは、初期は赤字が一般的です。継続利用により、費用を回収・利益をあげるビジネスモデルです。
そのため顧客数が売上規模に大きく影響しますし、長く継続利用されるほど収益が見込めます。
つまり、顧客数が伸びて成長性が期待される段階であるはずなのに、損益計算書だけ見ると、赤字事業のように見えてしまいます。
一方で、売上は順調に伸びていたとしても、LTVと同等もしくはそれ以上の費用をかけて新規顧客を獲得していたら事業としての効率性は良いとは言えません。
このように、サブスクリプション型のビジネスモデルでは、キャッシュフローにおける時間軸を考慮に入れた事業計画が求められるため、ユニットエコノミクスの考え方が重要になります。
■継続性(Retention)
・Churn Rate
解約率のことです。全ユーザーのうち解約したユーザーの割合を示す指標です。ユーザーアカウントの解約率はそのまま解約率やチャーンレートと呼ばれます。一方で収益ベースでの解約率は、MRRチャーンレートと呼ばれます。
・Net Churn
例えばChurn Rateは5%で、新規顧客獲得率が4%であれば、Net Churn Rateは1%となります。この場合は、新規登録ユーザーよりも多くのユーザーが解約している、という状態です。一般的に、「新規顧客を獲得するコストは、既存顧客を維持するコストよりもずっと大きい」ので、Net Churn Rateは負の値になるべきです。
・Negative Churn
こちらは、解約率ではありません。ユーザー数や利用額を上げる要因(クロスセル、アップセル、アップグレード等)による収益のことです。
つまり、既存顧客からの収益を増加させることです。
Negative Churnが占める売上に対しての割合が大きければ大きいほど、SaaSビジネスとして安定していることを意味し、事業として高い評価となります。
3.その他重要指標
これまでみてきた指標以外にも、重要な指標があるのでいくつかまとめてみました。
■ARPA(Average Revenue Per Account)
1アカウント(1契約者)あたりの平均売上を表す指標です。
WebサービスやSaaSなど契約ベースのサブスクリプションのビジネスで用いられます。ARPAで言うアカウントとは契約者のことを指しています。ARPAでは契約者単位での売上を算出することができます。
■NRR(Net Revenue Retention)
売上継続率を表します。対象月の売上から数値を算出することで、来年の同時期にはどの程度の売上規模になっているのかを把握できます。
既存顧客の売上が前年度からどの程度増減しているかより、翌年度の売上を推測します。
MRRが1,000万円で、NRRの数値が150%の場合、新規顧客増加に時間を割かずとも、翌年にはMRRは1,500万円になります。
SaaSビジネスでの、顧客の継続性を計る指標として用いられます。
特に、対象顧客が限られるVertical SaaSでは、この指標に注目し継続的な成長に目を向けるべきでしょう。
■「40%ルール」
SaaS銘柄の企業価値を計る指標として、「40%ルール」があります。
SaaS企業の"成長性"と"収益性"を総合評価する基準として、ベンチャーキャピタルの間でよく使われている、投資するかどうかを決める一つの指標です。
「40%ルール」というのは、「売上の前年同期比成長率+営業利益率」が40%を超えているのが理想的なSaaSビジネス」だというものです。
上記の表のように、売上高が伸びていれば、営業利益率が低くても成長が進んでいるため問題ないですし、逆に売上高成長率が低くなっている場合は、しっかりと営業利益が出ている必要があるという考え方です。
今回は、SaaS企業の決算を読む際に、注目すべき指標をまとめました。
これからも適宜、指標の追加を行っていきますので、辞書的に使っていただけると幸いです。
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