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旧友との久しぶりの語らい
互いの大学卒業を前にして、中学からの旧友が久々に飲みに誘ってくれた。ブックオフでしばらく時間を潰してから約束の時間に駅に降り立つと、踏切を彼が渡ってきた。
「よっす。」
「久しぶり。ぼくも会いたかった。」
再会を果たしてぼくたちは安い町中華へ。
彼は鶏肉の野菜炒め、ぼくは麻婆ジャージャー麺を口に入れながら久々に語らう。
彼はマブラヴの素晴らしさを説き、最新のガンダムをダメだなどとこき下ろした一方で、ぼくはエヴァンゲリオンの碇シンジとぼくの内面との関係について力説した。
静かながら互いのこだわりの譲れなさ、相容れなさを受け止め合った。ああ、ぼくたちはどちらもオタクだけど、全てにおいて感性が合わない。彼はやっぱりメカっぽいものが好きで、ぼくは登場人物の悩みや葛藤に関心があるのだった。彼の変わらなさにすこしほっとした。
考えてみればぼくたちは政治思想も全く違う。彼はN国や参政党を支持し、ミリタリーが大好きなネトウヨだ。かたやぼくは立憲民主党や共産党を支持し、憲法改正や軍備強化に反対する左翼・リベラル的な思想の持ち主である。でも彼のことがなぜか嫌いになれないのは何故だろう。わからない。だけど、理解できなさそうな考え方をもつひととも大切な友達でいられることは、とても大事なことなんだろうということだけはいつも感じていた。
中華は早めに切り上げて、バーへと向かう。少し背伸びをしてみたかった。入口には「抜きゲーみたいな島に住む貧乳(わたし)はどうすりゃいいですか?」(ぬきたし)や、Re:Lief 親愛なるあなたへなどの美少女ゲームや、知らない男性アイドルのグッズがさりげなく並べられている。
店内には長髪をむすんだ、落ち着いた雰囲気の店主が待っていた。穏やかな木でできたカウンターの奥には店主の試行錯誤の跡がうかがえるキッチンが見える。
「STEINS;GATE」に登場したようなニキシー管の時計が店内をろうそくのように暖かく照らしていた。
ぼくは杏仁のカクテルを、友人は秩父のイチローズモルトのカクテルを飲んだ。信じられないほどにおいしかった。
バーの暖かさと静けさは、心地よいまどろみへとぼくたちを誘っていく。気がつけば、笑い話は鳴りをひそめ、話題はそれぞれの将来の話へと移っていった。
彼の仕事は地方に配属されることが多いという。
「クソ田舎に飛ばされんの嫌だわ。ミリタリーショップもないし、アニメショップもないんだぜ。」
東京を未だ出たことのない彼は、いまこの地で享受している楽しみがなくなることを恐れていた。変化への強い拒否反応は彼を少なからず苦しめているだろうな、と他人事のように心配していた。だから、
「でもクソ田舎って思い続けていると、そう思うような体験しかできないよ。いいところを探してみようよ」
と伝えてみた。
けれど、ふとぼくもまた変化への強い恐れをもっていることに気づいた。
就活が恐ろしかった。他者から評価されるのが怖かった。大学院への進学動機の中にそのような感情は間違いなく存在した。
人に愛を伝えるのが怖かった。いまの関係を壊したくなかった。拒絶されたくなかった。いまの状態を保つことで自分を守りたかった。そして思い切って求めてほんとうに壊してしまった。
変化は良いことのみをもたらすわけではない。誰かとの別れ、大切なモノ、コトの喪失。それによって今までの自分には決して戻れなくなること。生きていれば、何かしらそうした思いもかけない変化のタイミングに遭遇する。未来への不安に苛まれながら、それでも変化に身を浸してみる。ありきたりだけどぼくはそれを味わい切ることを忘れていたくはないな、と思い直した。
2杯ずつ飲んでバーを出る。外にはあまりひともいない。寝静まった夜道を通り、互いの自宅へと歩き出す。あと何回彼と話ができるのだろう。そう思いながら夜道で2人、風を感じていた。