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『C.R.A.Z.Y.』、ジャン=マルク・ヴァレを偲んで。

58歳の若さで2021年12月に急逝したジャン=マルク・ヴァレ。
彼は「ダラス・バイヤーズクラブ」「雨の日は会えない、晴れた日は君を想う」「わたしに会うまでの1600キロ」などを手がけたわたしの好きな監督の1人だった。

彼が監督した2005年の劇場公開作である『C.R.A.Z.Y.』もやはり忘れ難い作品となった。ジェファーソン・エアプレイン、ピンク・フロイド、デヴィッド・ボウイなどの60年代〜70年代ナンバーが流れるだけでテンションが上がる。それでいてどこか痛々しく、切ない。そして最後には自然と自分の家族に想いを巡らせている。そんな映画だった。

主人公ザックはゲイである。
彼には4人の男兄弟と優しい母親、そしてゲイを認められない元軍人の父親がいる。家族の喧騒と親子の確執、性への目覚め。思春期特有の熱っぽさがスクリーンから溢れる。

ローリングストーンズの「悪魔を憐れむ歌」に乗せて礼拝堂をクリスチャンのザックが浮遊するシーンはなんとも皮肉たっぷりで、彼を救っているのは信仰ではなくロックであると言わんばかりであるし、デヴィッド・ボウイの「スペース・オディティ」を大音量で聴き、ひとり部屋で熱唱するザックの姿はロック好きなら身に覚えのあるかけがえのない青春の一コマだ。

一方、ザックの父親はシャルル・アズナブールの「世界の果てに」を事あるごとに必ず歌う。もはや家族にとっては見慣れた光景の彼の十八番だが、その歌の内容は安息の地を求める男の悲哀と郷愁に溢れている。
彼はゲイは病気だから治せると思っている。現在からすると偏った考えではあるが、父親は息子をゲイに育ててしまったという自責の念と、新しい価値観に苦悩する老兵でもある。



『C.R.A.Z.Y.』で使用される60年代〜70年代の名曲が心を揺さぶるのは、ゲイと認めたくないのに男性に惹かれてしまう、その性的アイデンティティに悩み苦しむザック、同性愛を認めることが出来ない父親、薬物依存から抜けられない兄のレイモン。本来、堅い絆で結ばれているはずの愛すべき家族が、宗教や時代に翻弄され、苦悩する姿が当時の音楽と実に見事に共鳴しているからだと思う。

そしてそれを映画的に痛々しく、そして美しく捉えたジャン=マルク・ヴァレ監督はやはり何者にも替え難い逸材だろう。

音楽は人生を豊かにする。
きっとパッツィ・クラインの「クレイジー」を聴くたびにわたしはこの映画のこと、この家族のこと、そしてわたしの家族のことを想うだろう。

ずっと探していたものが偶然見つかったり、愛する人を突然失ったりするかも知れない。だから人生は最後まで生きてみないと分からない。そして人生は素晴らしい、生きるに値すると再び思うのだろう。





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