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娘たちの成長に関わることができた小さな幸せを今も感じて

この記事は2021年4月5日 に書いたものを推敲したものです。
受験シーズンに突入する時期に何かの参考になればと思い再投稿いたします。


私のnoteを読んでくださりありがとうございます。

candy@です。


娘たちが成人してから、お弁当作りや毎朝駅まで車での見送りをしなくなって早いもので、4年近く経ちました。

下の娘が大学で上京してからは、朝が弱い娘を起こすことから始まり、お弁当を作ったりと本当にバタバタしていた朝の忙しいルーティーンからは解放されました。


娘たちが通っていた中学は家から徒歩5分もかからないところでしたが、高校生になるとバスと電車登校になりました。


以前住んでいた我が家は最寄りの駅までバス便なのでバス通学をしなくてはならないのですが、バスの定期代よりも車で送り迎えの方が安上がりだという経済的な理由もあり、私が娘たちの(特に下の娘)送り迎えをほとんど毎日していました。


でもお金の面よりも車で駅まで送る10分あまりの時間が私にとっては忙しい娘たちとの貴重なコミュニケーションの時間でもあったのです。

実は長女だけでなくて二女も高校留学を1年間しており、特に二女が留学を終えて帰国してから、私は口には出しませんでしたが、1年近く会えなくて寂しかった時間を埋めようとしていたのかも知れません。


高校1年生の3学期から高校2年生の2学期終了まで海外の高校に通い日本にいなかった長女と二女。


その間一度も帰国することは許されません。


そして親や家族であっても現地に赴くことはできない規則がありました。

私費留学とは違い、交換留学生は色々な厳しい条件がありました。その一つに途中で帰国することは許可されていません。ホームシックになったり、学校に馴染めないからなどの自分勝手な理由で途中で帰国するということは留年することと同じ意味を持ち、また現地へ再び戻るということもできないのです。非情にもそれで留学生活は終了になります。(たとえ病気になってもです)問題を起こして強制送還なんてこともあったようです。


そんな厳しい規則に縛られながらも、刺激的で楽しい経験もしながらの大変な留学生活を終えて

やっと無事に帰ってきてくれたと内心ほっとしたのも束の間、

帰国するとすぐに東京の大学を目指したいと言い出した二女。

ちなみに長女は関西の大学へ入学したので実家暮らしでした。


我が家は関西地方にあります。
東京の大学に行くことはまた実家を離れて一人暮らしすることを意味します。

二女との時間があまり残されていないとひしひしと感じたことも 毎朝夕の送り迎えをしようと思った理由かも知れません。

その時点では受験も合格もしてはいませんでしたが(笑)


そんな気持ちもあり、私はせめて毎日の駅までの短い時間でも彼女と過ごそうと自分の中で決めたのでした。(彼女には一言も私の気持ちは伝えませんでした)

『バス代高いから、卒業するまでママが駅まで送り迎えするわ』と・・・



1日のスタートである朝なので気持ちよく見送りしたくてなるべく明るい話題や笑える話をしようと心がけていましたが

時には機嫌が悪くてイライラしている娘と車で口喧嘩したり


受験勉強で疲れた様子の彼女を心配しながら車の窓から改札口へ娘が入るまでじっと見つめていたこともありました。


特に受験が近づくにつれてストレスがマックスだったんでしょう。

朝から愚痴や弱音ばかりを聞かされた時は私も一日中暗い気持ちになったりして・・・

それでも「私に吐き出すことで少しでも娘の気持ちが楽になるなら」と、なるべく平静を装って送り迎えを高校を卒業するまで続けることができました。


娘はそんなことは何も感じていなかったかも知れないし、もう4年も前の過去のことで忘れているかも知れません。


第一志望校の合格メールを受け取った時には娘と一緒に飛び上がって叫んで喜びました。


娘のために毎日送り迎えを頑張って本当に良かったと満足している自分を感じながら・・・


ただ、娘のためだと思っていたことが

今になって私のためだったんだと気づいたんです。

”毎日の kiss & ride”


それは私がしたかったことだったんだ。


子供はあっという間に成長して親を超えていくんですね。


不思議なことにあのバタバタして忙しかった朝の日々を今では懐かしくさえ思います。


あれ? そういえば夫の送り迎えはほとんどしていませんでしたが・・・


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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