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小説:瘤

ショートショート大募集!『ラストで君は「まさか!」と言う』文学賞開催
出典作品

<本文>

<オープニング>

夏。サッカー部の朝練のために、早く家を出る。電車の発車時刻が迫っている。少し早歩きで駅に向かう。

電車に乗り、学校の最寄り駅に着く。最寄りの駅は、複数の中学高校大学がある学生街である。不審者に対する注意を促す張り紙が複数ある。学生街ならではである。毎年、暖かくなると、不審者に対する注意喚起が警察によって張り出される。夏のシーズンが、ピークである。男である自分は、朝の芸能ニュースを見る感覚でいつも見ている。自分には関係がないと。今日は朝練に続き、プールの授業がある、熱い夏には、嬉しい。


<体育・教室>

「やったー、プールだ」

男子の大きな声が響く。

「うるさいし、ガキすぎる。」

女子の声も聞こえる。しかし、その声の調子に嫌悪感はなく、プールの授業を楽しみにしているようだった。

「覗かないでよ!」

騒ぐ男子に向かって、言い放つ。

「うるさいな、覗かねぇよ」

男子たちが言い返す。

「たかひろ君も言ってやってよ!」

女子たちが、自分に向かって、言う。

「まぁまぁ。」

女子たちに向かい、言う。

「たかひろは俺たちの味方だよな」

女子たちは、ゾロゾロと教室から出ていく。出ていくきわで、川口君に冷ややかな目を向ける。まるで、今まで男子に向けて言っていたことを彼に向けて話すかのように、目線を向ける。

「・・・。」

視線を感じ、俯く川口君。

「残念だな。川口!こんな暑いのに、プールに入れないなんて」

「うん、残念だ。」

淡々と返す川口君。真夏だというのに、彼は、学ランの上着を着込んでいる。肩の大きな瘤のせいだ。

「大変だね、川口君。」

優しく声を掛ける女子がいた、泉ありさだ。おそらく、女子の中で彼女だけである、彼に話しをするのは、

「だよね、大変だよね!泉さん!」

「オメェには言ってねぇよ」

おどける男子。

男子誰もが話をしたい存在である。

「じゃあね、授業でね」

泉ありさも教室から出る。


プールの時間では、男子が教室で着替え、女子たちは、専用のロッカー室を使う。男子にとって、ロッカー室は未知であり、ブラックボックスだ。制服を着た女子たちが、スクール水着で着替えてくる。男子たちも頭の中にはある程度の欲望はあるが、良心の枷で実行するものはいない。自分もそう思っていたが。


<プール>

「ワハハ、冷てぇ」

はしゃぐ男子。静かに泳ぐ女子。

「コラー飛び込むなよー。」

静かに注意をする体育教師。

視線を変えると、澱んだ目で女子たちに目を向ける川口君。彼はプールサイドで見学をしている。

彼は、肩・肩甲骨に大きな瘤がある。骨軟骨腫瘍と呼ばれるものだ。そのせいで、肩を回す運動ができない。もちろん、肩を回して行う水泳も行うことができない。そのためプールの授業は毎回見学している。

気づいたら、授業10分前、プールサイドに目をやると、川口君の姿がない。先に教室に帰ったのか?この猛暑だと仕方がない。


<教室>

「ワハハ、気持ちよかったなー。次の授業は寝ちゃうな、これ。」

はしゃぐ、男子たち。

次の授業の予鈴が鳴ったが、女子たちの姿がない。何かあったのだろうか?

しばらくして、女子たちが教室に戻ってくる。次の授業の先生も、女子たちゾロゾロと戻ってくる。そんな中で、泉ありさだけ様子が違った。彼女だけスカートの下にジャージを履いている。俯いて、教室に入る。

「授業を始める前に、プールの時間に盗みが入った、詳しくは放課後に話す。」

「泉は、授業は出られるか?」

泉さんは首を横に振った。

「そうか、保健室に行ってこい。」

泉さんは、静かに立ち、付き添いの女子と共に、教室を出る。

<放課後>

「泉の下着が、プールの授業中に盗まれた。」

泉さんがいる時に、はっきりとクラス全員に向けて担当教師は言った。デリカシーというものがないのか。いやらし視線を泉さんに向ける男子たち。私も思わず、見てしまう。

「何か、見たとか、知っているという情報があったら、言ってくれ。」

続けて、担当教師が話す。

「・・・。」

鎮まりかえるクラス。

「川口君だと思います。」

とある女子が沈黙を破る。

「なんだ、川口が何か知っているのか?」

頓珍漢な返答をする教師。

「違います。川口君が盗んだと思います。プールの授業中にもいなかった時があったし、怪しいと思います。それに、、」

彼が疑われるのには、理由があった。

川口君は、泉さんのことが好きだ。彼は肩に大きな瘤があり、見た目は醜い。そのせいもあって、女子から、ほとんど口をきいてもらっていない。泉さんが、唯一「普通」に話す女子である。そのため、彼は泉さんに恋をしている。しかし、彼の恋心は歪んでいる。彼は時折、授業中に泉さんを見ながら、股間を弄っているのをたびたび見かける。自分でさえ気づいているのだから、周りの女子はもちろん、泉さんも気づいている。

女子たちはそれを知っているのだ、だから川口君を疑っている。


「そうなのか、川口。どこに行ってたんだ?」

「…。」

泉さんも俯いている、どんな顔をしているのかは、見えない。よく見ると、制服のボタンも取れている、かなり乱暴に盗まれたようだった。

「どこに行ってたんだ、川口。」

再び教師が質問をする。

「気分が悪くて、保健室に行ってました。」

か細く、震えた声で、川口くんは答えた。

「どうやら、川口は保健室に行ってたみたいだな。気分が悪かったそうだ。」

担当教師が繰り返し言う。ざわつく女子。

「絶対嘘よ。保健室に行く前か行った後に更衣室に行ったのよ。」

ある女子の声が聞こえる。確かにその通りかもしれない。

「それに、あいつ(川口君)、ありさのことが好きだし、絶対やってるよ。」

女子が周りに聞こえる声で話しをする。

「荷物を検査したら?盗んだものが出てくるかもよ。」

ある女子が言った。

「そうだな。じゃあ、」

「やめろよ。」

教師が答える前に、思わず声が出てしまった。

「どうした、たかひろ?」

教師がびっくりした声で言った。

「川口君を疑うのはやめようよ。」

続けて、言う。

「どうしてよ!」

怒った声で答える女子たち。

「気持ち悪いからって、疑うのはよそうよ。彼が言っていることも事実だ。事実だけを見ようよ。」

「そもそも、彼には障害があるじゃないか、肩に大きな。彼は、肩を上げることができないじゃないか。」

「それがなんだって言うのよ。」

「泉さんが使っていたロッカーって、上段だった?下段だった?」

「そんなの、覚えてるわけないわよ!」

声を荒げて、女子は答える。泉さんも俯いたまま盗まれたショックで答えることができない。

「泉さんの上着のボタンが、取れてる。

おそらく、ロッカーにそのボタンがあるはずだよ。もし上段にあったら、川口君には届かない。なぜなら、彼は肩を上げることができないから。」

「保健室に行ったなら、保健室の先生に聞けばいい。」

「それに、近くに不審者も出てるし、その不審者の可能性も、」

私は、続けて話していたが、女子が割り込んで。

「うるさい!とにかく荷物をチェックするわ」

女子たちは、無理やり。川口君の鞄を開けた。床に散乱した、ノートや教科書が出てきた。さらに、瘤用の医療用コルセットも出てきた。泉さんの下着は出なかった。

静かに啜り泣く川口君。

「保健室の先生には、話は聞いておく。あとロッカーも確認する。それでいいな。」

教師が静かに話す。

「それじゃ、今日は、ここまで。」

ホームルームが終わった。


「川口君、ごめんなさい。」

謝る女子たち。

「うん、もう大丈夫だよ。」

泣きながら答える川口君。

クラスの中の疑いも晴れた。長い一日が終わった。


<後日>

後で、先生が確認したところ、ロッカーに泉さんのボタンはあり、さらに、保健室の先生の証言もあった。何より、川口君が、泉さんの下着を持っていないと言う証拠もあり、川口君の疑いは晴れた。

たびたび、このような下着、スクール水着、体育着の盗難があった。

ある時に、学校をうろつく不審者が捕まりぱったりと、盗難の被害がなくなった。先生たちも、その不審者が、泉さんの下着を盗難したと考えた。


<卒業式>

「ありがとう。あの時は。」

川口君は私に向かって言った。

「うん、よかったね。疑いが晴れて。」

「本当にありがとう。」

川口君は涙ぐんで言った。ゆっくり去っていった。

「すみませーん。ボールとってください。」

新チームの野球部の子たちが、遠くから声を川口君に向かってかける。

川口君は、ボールを手に取り、「振りかぶって」野球部の子たちに投げた。

振りかぶって?

私は心の中で反芻した。背中にじんわりと汗をかいた。肩は上がるはずはない。そう思っていた。勝手に思い込んでいた。彼はフリをしていたのか?寒気がした。それとは正反対に、背中に生ぬるい汗が滲んだ。


<エピローグ・10年後>

私は、世帯を持っていた。高校のあの事件のことを忘れていた。

朝のニュースを何気なく、みていた。あるニュースが目に飛び込む。

「昨日、〇〇高校付近で、川口▲▲容疑者が逮捕されました。彼の家には、数百点の下着やスクール水着がありました。全て自分が着て楽しむために盗んだと証言しており、」

目を疑った。テレビに映し出された映像には自分が通っていた高校のものもあった。

「着るために」彼は着ていたのだ。あの時も、夏の日、学ランを着込んでいたのは、肩の障害を見せたくなかったからではない。自分が着ていた泉さんの下着を見せたくなかったからだ。あの時の不審者は、下着泥棒ではなかった。勝手に思い込んでいただけだった。事実を見ていなかったのは自分だった。

朝ご飯の味がしなかった。まるで、粘土を食べているようだった。クーラーの効いた部屋で、背中にじんわりと生ぬるい汗をかいた。いつもより長くニュースを見ていたから家を出る時間が遅くなってしまった。少し早歩きをして駅に向かう。あの夏の日と同じように。

<了>

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