迷路

 僕は文字記号を覚えるのとほとんど同時に物語を書くようになった。それからずっと、定期的に小説(らしきもの)を書いている。頭の中にある街をスケッチしたり、地図を描いてみたり、住んでいる人たちに話しかけたり。(あくまで通り過ぎていく風として。)


 じゃあ、文字記号を覚える”前は”どうしていたのだろう?というと、迷路を描いていた。チラシをたくさんもらって、四角い部屋を区切り、入口と出口をもうけた。それから内部に壁を張り、様々なスポットを作った。


 引き返せる行き止まり

 引き返せない行き止まり(ドクロ・スポット)

 抜け出せないループ

 ワーム・ホール、、、


 そうやって作り上げた迷路同士をセロハンテープで留めてつなぎ、大きな迷路を作って、その中に入り浸った。自分で作った迷路の中を、ひたすら一人でぐーるぐる、、、へんな幼稚園児だ。


 時々、そんな迷路に入ってきてくれる子がいた。めぐみちゃん、という女の子だった。彼女の顔を、僕はほとんど覚えていない。たぶん、ちゃんと見ていなかったんだろうと思う。ただ、彼女の髪の毛がくるくると巻いていたことだけは覚えている。それに着想を得て、つる草のような入り組み方をした迷路を描いたから。


 僕は迷路を描き、彼女は解いた。やがて文字を覚えてから、物語を書くようになった。彼女はそれを読んでくれた。


 卒園した後、僕らは別々の小学校に通うことになったので、彼女が今、どこでどうしているのかは分からない。天然パーマのめぐみちゃん。

 もしよかったら、また僕のところに来て迷路を解いてはくれないだろうか、と思う。物語を読んでくれたらいいな。あの頃よりも善はぼやけたし、悪はくっきりとした。


当時は自覚していなかったけれど、僕は、君が一緒に迷ってくれたことが嬉しかった。

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