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隠される病

 言えない気持ちを温かい飲み物に溶かし、喉の奥、腹の底へと収める。珈琲のような黒色をして、しかし珈琲とは違うその飲み物。飲まざるをえない。一思いに、一気に。温かさだけが頼りだ。飲み終えれば気が楽になるか?飲み干した後はこの世を愛する気持ちがカップの底に残される。それは黒色であった。

 電子の大海に飼い慣らされようとする世で、心だけが放し飼いされているようで、羽毛布団の厚さ以上の、湿気を多く含んだ心の箪笥をガタガタと音をさせて身悶えている。壊れかけた時計が午前四時を過ぎても、脳はその洪水を抑えられずにいる。

 死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい……
 今日も何も出来なかった。死にたい。
 今日も眠れなかった。死にたい。
 僕には何の価値もない。死にたい。
 この世に生まれたくなかった。死にたい。

 自らの半生で溜まりに溜まったこの黒色の塊をどこかに吐き出せたらいいのにと、誰かに取り除いてほしいと、枕元にあった小さな電子板の明かりを頼りに、電子の海へと飛び込む。溢れる文字。流れる文字。もはや文字なのか、何かしらを表す図形なのか、目が、脳が速さに追いつかない。目眩がして、目を閉じた。すると一瞬にして、まぶたの裏に焼き付いた、焼き付けたいつかの光景が怒濤の如く、その波の端に立つ飛沫すらも激しさを増して、脳と心に押し寄せる。死にたい死にたい死にたい死にたい僕の生まれは呪われていたんだでなければこんなに人生になっていない死にたい自殺したいけど痛いのは御免だ嗚呼安楽死がしたい……ハッと思い出した。目を開き急いで病院から貰った頓服薬を一錠だけ飲み込む。本当は二十錠、いやそれ以上の数を飲みたいという気持ちを抑えて。薬がほしい薬を大量に飲みたいそれで元気になれるならそのほうがいい薬がもっと欲しい元気になりたいそうしてみんなと同じように生活するんだ……
 漆黒の空が徐々に白んで来た午前五時頃。あの光景は見えなくなり、脳や心を揉みくちゃにした荒波も今は凪となった。ぼんやりとした頭で電子の海の中を覗いては、尚自分の居場所を探し求めていた。電子板の中で繋がった人たちはいい人ばかりだ。みんな明るくて、キラキラしていて、社交能力があって、それでいて……と、あれやこれやと浜辺に上がる綺麗な貝殻を見出したのと同時に「僕自身が小さく見えてくる」また自分の中の黒い塊が蠢き出す。その塊は、空を自由に飛び回る羽虫や蝶たちを大きく張った網で捕まえてはその虫たちの体液を吸うだけの、それだけではなく歩く時の足取り、その姿さえもおぞましい虫の卵のようなものであった。僕が生きていたら人に迷惑を掛けるだけだそんな僕は早く死んでしまえ死にたい死にたい死にたい……その塊が青虫であればどんなに良かったことか。黒は白が混ざらない限り色を変えない。黒から白は生み出されない。一度黒に染まれば全てが黒となり、その黒は更に黒くなる一方である。
 朝は、絶望だ。また同じ一日を繰り返す。寝床から台所へ、重力にかろうじて抗い這うようにして布団を出る。一日のほとんどを布団の中で過ごす身が唯一起きるきっかけは珈琲を飲むことである。元気になる頓服薬の代わりに習慣化したカフェインを摂取する。その温かさは飲めば否が応でも五臓六腑に染み渡り、脳を目覚めさせていく。その苦味は自らの半生のようなものだと若干酔いしれてはカップの中の黒色を見つめて、二口、三口で豪快に飲み干した。もう一杯、飲もう。
 人は周りには言えない秘密を少なくとも一つは持っている。そんなことは全く無い、秘密など持っていないと言う人でさえも、一日に三回から五回は自然と嘘をつく。そうして嘘をついたことを自然と秘密にしてしまう。周りにではなく自分自身に嘘をつくことも含めて。

 冠省
電子の大海に流した僕の思いは、誰の所へ届くのでしょうか。電子の海の拡がりは凄まじいものと考えていますが、人に拾われない限りその力は極わずかなものになるでしょう。なので、これを拾ってくれたあなたに遠慮無く、いや、少し遠慮をしながら、この思いを打ち明けたいと思います。「珈琲を飲んだので、僕は今日も元気に過ごせそうです。それと皆が幸せなら僕も幸せです」写真を添えて。
 草々

しばらくして、僕の元へ赤色の印が二つ届いた。

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