台湾総統選に関して以下を書きました。
https://note.com/fictitiousness/n/n2f4d039bce04
台湾総統選 蔡英文氏再選
今回は、台湾、中国、日本の関係を歴史的経緯を振り返りながら紹介します。
台湾では、台湾出身者を『本省人』、主に中国本土出身者を『外相人』として区別しています。
https://www.asahi.com/articles/ASMDG5VY0MDGUHBI01Z.html
中国本土ルーツの「外省人」 3世代で変わる民族意識
3人のように、国民党と共にやって来た人々の家系を、台湾では「外省人」と呼ぶ。一般的に中国人意識が強いと見なされてきた。
日本でも、沖縄出身者を「うちなんちゅ」、沖縄以外の日本人を「やまとんちゅ」と呼ぶ習慣があります。
「本省人」「外省人」については以下で、文献検索できます。
https://iss.ndl.go.jp/books?ar=4e1f&any=%E6%9C%AC%E7%9C%81%E4%BA%BA&op_id=1&display=
国立国会図書館サーチ
本省人
https://iss.ndl.go.jp/books?ar=4e1f&any=%E5%A4%96%E7%9C%81%E4%BA%BA&op_id=1&display=
国立国会図書館サーチ
外省人
台湾は、長年他国の支配下にありましたが、日清戦争によって清国が敗戦し、その代償として台湾が日本に割譲されます。
https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/main/index.html
日清戦争 地図と年表
1895年には、実際に日本軍が台湾に上陸します。
https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/main/18950529/index.html
描かれた日清戦争 ~錦絵・年画と公文書~ | 明治28年(1895年) 5月29日 日本軍が台湾北部に上陸
明治28年(1895年)5月29日、日清講和条約に従って清国から台湾の割譲を受けこれを平定するために、初代台湾総督となった樺山資紀海軍大将率いる日本軍が台湾島の最東北部に上陸しました。
https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/index.html
アジア歴史資料センター
アジア歴史資料センターは、近現代(1860年代から1945年前後)の日本とアジア近隣諸国との関係に関わる歴史資料(目録・画像)をインターネット上で提供する電子資料センター(データベース)であり、国立公文書館で運営されています。
台湾の人々が中国本土の政府に対する不信感を募らせる原因にはこうした歴史的経緯も関係しているのかもしれません。
1895年台湾民主国によって台湾が、歴史上初めて独立国家となります。
https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/smart/about/p005.html
日清戦争とは
5. 台湾での戦闘 : 台湾総督府と台湾民主国~戦争の終結
台湾の人々の動きと「台湾民主国」
台湾では、清国政府から派遣されていた漢人官僚や、この地に定着していた漢人の民間有力者たちによって、日本への台湾割譲に強く反対する動きが起こります。こうした人々は、5月23日に、台湾を「台湾民主国」という1つの国家として独立させることを宣言しました。
しかし約5ヵ月後には、台湾民主国は崩壊してしまいます。
https://www.jacar.go.jp/jacarbl-fsjwar-j/main/18951021/index.html
明治28年(1895年) 10月21日 台南が陥落・台湾民主国が崩壊
その後、日本の支配が続きますが、1930年には、霧社事件が発生します。
http://japan.cna.com.tw/news/atra/201906290001.aspx
霧社事件の歴史を伝える古戦場、台湾初の史跡に
霧社事件は1930(昭和5)年10月27日に発生した抗日蜂起。同地に居住するセデック族が日本人による統治を不満として抗議活動を起こし、マヘボ社の頭目モーナ・ルダオが6つの集落の有志約300人を統率して日本人を襲撃、殺害した。日本側は軍や警察を動員して鎮圧に乗り出し、11月5日までに反抗勢力の拠点を俯瞰できる一文字高地(セデック語でButuc)を占拠して猛攻を開始。3時間に及ぶ激戦が繰り広げられた。
この霧社事件については映画『セデック・バレ 第一部 太陽旗』『セデック・バレ第二部 虹の橋』で描かれています。
http://www.u-picc.com/seediqbale/
映画『セデック・バレ 第一部 太陽旗』『セデック・バレ第二部 虹の橋』
日本統治下の台湾で起きた原住民族による武装蜂起「霧社事件」を描く、台湾映画史上最大の歴史巨編
https://www.youtube.com/watch?v=fwd8Sz8V4rM
映画『セデック・バレ』予告編 - YouTube
https://eiga.com/news/20130419/12/
「セットにも生きざまがある」美術監督・種田陽平が語る「セデック・バレ」
一方中国は、1911年の辛亥革命により、清朝が崩壊し、1912年中華民国となります。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/data.html
中華人民共和国(People's Republic of China)
1911年 辛亥革命がおこる
1912年 中華民国成立,清朝崩壊
これについては映画『宋家の三姉妹』で描かれています。
https://www.ponycanyon.co.jp/visual/PCBG000050483
映画『宋家の三姉妹』
長女・靄齢は財閥の御曹司、孔祥煕と結婚し、中国経済を左右する大財閥を築いていく。次女・慶齢は革命家・孫文と一族の反対を押し切って結婚、孫文とともに情熱のすべてを革命に捧げ、中華人民共和国成立とともに国家副主席となる。そして、三女・美齢は後に国民党政府最高指導者となる若き軍司令官蒋介石と結婚する。
第二次世界大戦が日本の敗戦で1945年に終戦となり、これによって台湾は、中華民国に帰属することとなります。
その後、中国本土の中国共産党の支配から逃れてきた外省人の蒋介石が総統となり、台湾はふたたび中国から切り離されることとなります。
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/data.html
中華人民共和国(People's Republic of China)
1921年 中国共産党創立
1949年10月1日 中華人民共和国成立
https://www.mofa.go.jp/mofaj/area/taiwan/data.html
台湾(Taiwan)
1949年12月7日 台北に「臨時首都」を遷都
1971年10月25日 国連を脱退
1975年4月5日 蒋介石総統死去
1987年7月15日 戒厳令解除
1988年1月13日 蒋経国総統死去,李登輝副総統が総統に就任
1996年3月23日 初の総統直接選挙で李登輝が当選
2000年3月18日 民進党の陳水扁が総統に当選
2004年3月20日 陳水扁が総統に再選
2008年3月22日 国民党の馬英九が総統に当選
2012年1月14日 馬英九が総統に再選
2016年1月16日 民進党の蔡英文が総統に当選
以下の文献において台湾の外省人と本省人について述べられています。
https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Report/2009/2009_436.html
台湾総合研究Ⅲ——社会の求心力と遠心力
調査研究報告書
佐藤幸人 編
2010年3月発行
第3章
外省人にみる台湾の求心力と遠心力 (520KB) / 上水流久彦
https://www.ide.go.jp/library/Japanese/Publish/Download/Report/2009/pdf/2009_436_ch3.pdf
外省人にみる台湾の求心力と遠心力
上水流久彦
https://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Books/Sousho/600.html
交錯する台湾社会
台湾社会はますます複雑になっている。そのまとまりは強まるのか、それとも弱まるのか。エスニシティ、アイデンティティ、市民社会・社会運動からアプローチする。
http://hdl.handle.net/2344/00011349
交錯する台湾社会
第4章
台湾の本土化後にみる外省人意識 / 上水流久彦
はじめに
第1節
台湾の中国化と本土化
第2節
外省人にとっての本土化
第3節
大陸との接触にみる外省人認識の変容
第4節
眷村にみる台湾のなかの外省人
第5節
韓国華僑の台湾認識から考える外省人アイデンティティ
まとめ
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記事を読んでいただきありがとうございます。 様々な現象を取り上げ、その現象がどのように連鎖反応を誘発し、その影響がいかに波及するかを検証、分析していきます。 皆様のお役に立てればと考えております。 応援のほど、よろしくお願いいたします。