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連載3 死者の愛 生者の特権

 第3話Pick Up! 
「死者は、解散した音楽バンド。解散したからバンドメンバー同士の衝突も最早ない。つまり、葛藤がない。葛藤がないから反省もない。反省って生きている人の特権なのかな…」

〈前回までのあらすじ〉
愛染明王の修理依頼
フランスから来た職人といざ客先へ
打ち合わせが無事終わってからの回想

 


客先のお寺さんで3時間
その後、帰路でフランスの相方曰く

「ワタシ、感動した!」
 
感動やあらへんやろ
客とマジゲンカ堪忍やで、ほんま
 
まあ、たしかに
ええ話やったかも。
なんやったっけ?
そや、ディズニー映画のインサイドヘッド思い出したわ
 
「ぜんぜん違うよ! それはjoyとかsorrowとか感情っていうか気質の話でしょ。お客さんの話は尊厳?なんと言えば、、、テューモスの話でした」
 
てゅ、テュー、なんて?
「ソクラテスが魂を3つの要素で説明したほうがよいと言った」
昔、古代ギリシャのレオンティウスは死体の山を通り過ぎた。
 
死体の山って、また唐突やな
ほいで
「レオンティウスは死体を見てはならないと自分に言い聞かせた。でも見ちゃった。好奇心に負けた」
アカン、
ツッコみどころ満載や
てか、舞台設定が異常やで共感しにくい
「死体を見るのは卑しいことだったけど見ちゃった」
 
いや〜
卑しいはわからへんこともないけど
見たい気持ちがわからへん
「好奇心に負けたレオンティウスは自己嫌悪。この自己嫌悪がテューモス。アイデンティティや尊厳の元」
 
そうしたら
フランシス フクヤマ先生も
そんな話書いてたな、欲望と理性ともう一つ、気概やったか
「気概はテューモスの失敗翻訳でも日本語にないかも」
 
=そんなわけわからん話を帰りしな道中しとったけど、時間を巻き戻して客先へ
 
はじめまして
(えらい若いお客さん(お坊さん)やな)
残欠、見してもらいましたわ
まあ、まず間違いなく愛染明王さんということで仕事さして頂ける思いますけども
けども や
念には念を入れましてな
いろいろ、お話聞かせて頂きます!
 
「早速ですが、これを」
 迦葉座が、、、
 でてきはったで。お預かりさしてもろてる仏像さんにぴったりや。
 
あらー、蓮華座の残欠あずかってますけども
 
「いろいろ出てきましてね。探しましたら」
こちらさんに愛染明王さんがあったのは間違いなさそうやけど
お預かりさんが、そうや、ソレとは限らんかも、、、
「そうなんですよ。他の明王さんもあったらしく」
まあ、基本、明王いうたら迦葉座にましますもんやけど
例外で愛染さんは蓮華座
「私としては、愛染明王の線で修繕お願いしたいんですが、まあ、調査の結果違うようでしたら、いいようにお願いいたします」
 
つかぬことをお伺いしますけども、
愛染明王さんに執着がおありで?
親方から、少し話は聞いてますけども
「全くの私事なのですが、母が亡くなった時に愛染明王さんに呑み込まれる夢見まして、皆さんと一緒に愛染明王さんについて勉強したいと思いまして」
ドヒャー
呑み込まれるって、お母さまがですか?
「はい。まあ、なんというか、生前いろいろあった人でして、極楽浄土ってわけには行かんでしょーと思いましたら。なんというか、愛染明王の腹の中にスーッと消えていくビジョンが見えまして。白昼夢でしたね。あんまりないことなんですが」
 
親方は、参拝客集めの婚活ご利益いうとったけど
ぜんぜん違うな、、、余計なこと言わんでよかつたな
 
そしたら、お母さまのご供養のために、、、ということでしょうね
「ええ、愛慾というと語弊がありますが、そのへん拗らせていた母でして。あんまり馴染みがなかった明王なんですが、調べてみましたら、興味が出てきまして、これも仏縁かな、、、と」

 「ワタシも興味がある。低位の愛を高位に導くって、なんのこと?」
コラ、中二か、おまえは
商談中や
「ハハ、大丈夫ですよ。私も関心あるテーマです。僧侶という仕事的にも避けては通れないテーマですし。あなた様のお国の「赤と黒」は何度も拝読しました。ぜひ、今回、議論させてください。」
 
へぇ、恋愛相談なんか受け持たれはるんですか?
「あ、いえ、そこまではないですけどね。親子関係なんかは頻繁ですね」
 
そうですか、そうですか
坊さんが愛について考える時代なんやな
あのー言いにくいことなんですが、
地獄に仏
と言いますが、
あのー
「ええ、存じてます。さすが、よく勉強なさってますね。お経も読まれるんですね。ええ、母は、てっきり地獄かなと」
いやーまー
この度、親方に、愛染明王經持たされまして
読ませて頂きましたら
地獄で働いてる仏さまなんやな、、、と
「地獄に墜ちた善人を救う明王さんですよね。世間では恋愛やら良縁やらと優しいイメージですが」
そうはっきり言って頂けると
最終アウトプットのイメージが擦り合わせやすくて助かるのですが
(あくまで、愛染さんだとして仕事したらー、ですけど)
 
「武蔵境の平櫛田中博物館行かれましたか?」
 いえ、知りませんでしたけど
平櫛さんは有名人ですね。雷門の天龍、金龍
あんまり仏像彫ってるイメージないですけど
毛彫りもなさってる繊細なお仕事人やないですか?
「平櫛田中さんの明王、不動明王かな? でーんと鎮座しているのですが、ロダンの地獄門さながらでしたよ」
あの上野にある、アレですか?
「そう、地獄門を全部呑み込んだ感じの明王さん」
へー、地獄を呑んでって、そんな
平櫛はんも、思い切ったなー
「呑みきれてないんですよね。明王像のおくちから地獄が少し溢れてましてね」
ひゃー、一回、みさしてもらいます。
平櫛はん、生前、何を見てしまったら、そんなん彫る気持ちになったんやろか、戦時中のお人やったかな、、、怖いわ
 
「あの明王像を見た時から、私の中では「明王の胃袋=地獄」でして、母が愛染明王さんのお腹に消えていったのも妙に得心がいってしまったといいますか、なんといいますか」
 
お坊様がそんな、いいんですか?
 
「笑わないで聞いてくださいよ」
へぇ
「実は母の幽霊を見たんです」
ひゃー、たまにいてはりますけど見霊のお坊さま
そっち方面の方ですか?
「いえいえ、あとにも先にも一度きり、肉親だからでしょうか? 一周忌のときに「母さん、もう行くね」と唐突に聞こえましてね」
 
さっぶ、サブイボたちましたやん。
「そんな怖い話でもないですよね。気のせいといえばそれまでですし」
 
いやー
逆にリアル
と申しますか、
内容云々ではなくですね
ワタシのレーダーが反応してるといいますか
ほんまもんの話や~と
肌感覚でわかるんです
 
「(微笑) なんといいますか、母の霊を見送りながら思ったんです。死者ってホントにいるんだな、地獄ってそんなに悪いところじゃないんだな、あとですね」
 
地獄うんぬんは後でもういっぺん聞かせてもらいますけども
あと、なんですか?
「死者って生者とぜんぜん違うんだな~と観じられまして」
 
観じられって、まあ、観か。
やっぱり足がないんですか?
「いや、亡き母には違いないんですけども、その個性が半分くらいしかないんですよね」
半分?
体じゃなくて個性が半分?
「生きてる人って音楽バンドみたいなものなのではないかと思うようになりました。死者は、解散したバンド。バンドメンバー同士の衝突も最早ない。つまり、葛藤がない。葛藤がないから反省もない。反省って生きている人の特権なのかな、、、と母の霊を眺めながら悟ったと申しますか」
 
なるほどー
生前のお母様がビートルズだとしましたら、
幽霊のお母様はジョン・レノン!
ケンカ相手のポール・マッカートニーはいない。
そんな感じ、でしょうか?
なんでしたかね、
神社さんのお考え方にそんなん聞いたことあります
うちは、アマテラスさんをお祀りしてる神社じゃなくて、
アマテラスさんの荒魂を祀る神社ですー
そんな説明を、お仕事で頂戴したことありましてな
 
「興味深いですね。」
 
 なんでも四魂でしたかね
幸魂、和魂、荒魂あとひとつなんやったっけ
知恵がうんぬん、
そや
奇魂が直霊ちゅうのにひっついて
一人の人間になるっていう
 
「なるほど、死ねば、四魂はバラバラになると」
 
そこまでは申しませんけど
ある神格の四魂をバラバラに祀る風習は確認さしてもろうてますよ
 
「神社さんは供養という考え方あまりなさらないですもんね」
 
そう、せやから、微妙な言い回しになるんですが
「いや、言い得て妙だと思います。うん、なんだか、自分の観じたことが思い過ごし以上に思えてきましたよ」
 
あの、さしつかえなければ
生前のお母さまのご様子をお聞かせ願えますか?
なにをなさって、そのような扱いなのかなーと

善人が地獄に堕ちる、
そんな建付けですやん、愛染明王經
なんで、どうして、そんなことになるんかな?
思いましてなー。

「赤と黒を読んだらわかるよ」
おまえは黙っとき、お客さんの声を聞きたいんやわ!
 
やや沈黙しはって
「ハハ、たしかに、赤と黒の登場人物は、いい人多いですね~。不倫やら殺人未遂やら、それでも地獄の様相ですが。ノンフィクションでしたよね。
、、、さて、母は希死念慮の激しい人でした。子供が自立、親離れの兆しを見せると更に激しかったですね~。成人後も嫁姑のアタリが強かった。兄夫婦が別れるまでやりました。孫には、自らを「お母さん」と呼ばせてましたね、、、とはいえ、そんな程度です。金銭トラブルは家の外でやらかしてたようですが(死後発覚)」
 
どないしよ。
この後の記憶が薄い。
意識が飛んでもうた。
 
退屈やったわけではない。
たしかに派手な事件性もオチもない
平凡な毒親話やったと思う
せやけどな
なんか、衝撃を受けて、、、
なんやろな
感覚が理解に先走ってる
さっきの幽霊さんの話も、
別にたいしたことない、あるあるーやし
でも、
何か
今まで見えてこなかった何かが、、、
アカン!
質問を間違えましたー
リビドーでも記号主義でも割り切れない何か
その実態は、、、
死者の想いやないか?
お母さまの生前の様子を尋ねたんは失敗やった
 
死んでも遺ってる執着や、鍵は、、、
 
それを訊けば、もう一段の高みがみえてきよる、きっと
そんなん考えたことなかったけども
まさかあるなんてな、、、
 
って怒号!!
フランスの相方が吼えてるー
「ちっ違うよ!! その希死念慮は自己嫌悪だよ! 守護者のプライド。自分への怒り。美しいよ。子どもたちを呪い、罵倒する言葉は自分自身に刃を向けてる」
 
えぇ、、、今、どこらへん?
 
→10秒だけ、巻き戻してぇー



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