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「会って別れて」が人生-あなたは心の中で生き続ける-

「なぜこんなにも寂しいと感じるのだろうか」
「なぜ友達が減っていってしまうと感じるのか」
一人暮らしの夜は、暗く冷たく寂しい
ネガティブとメンヘラで眠れなくなってしまう

「人と上手くやっていけないのは自分だけか」
「一生の友達と呼べる人がいないのは自分だけなのか」
初対面の人と打ち解けるのは得意だ
小さい頃、どこか遊びに行くと知らない子と仲良くなっていたと両親は言う
けれどもいつしか連絡を取らなくなり疎遠になってしまった人は数え切れない

この悩みを相談しても「俺はそんなことないな〜話したい人は自分から連絡を入れる」と友達は言う。そう言われる度に「あー自分だけなのか」と自分を苦しめていた

大学四年生となり、今年こそは、いやむしろ社会人になる前がラストだ、だから純粋に友達として深く繋がれる関係の人を作りたいと思って過ごしていた

LINEとインスタで繋がっている関係はもろい。彼女と別れブロックされたら連絡すらできない。あーなんて儚いのか、と痛感させられた
友情は理性で繋がっているから、恋愛よりも長く続くと思う。「もう愛せなくなった」といって別れたけど、一緒に住んでいる例を知っているし、対話によって友達に戻ったカップルも知り合いにいる

人と繋がっているというのは安心をうむ。だからこそフォロー、フォロワーというSNSのシステムがあり、相手を知りたいと思う。

ただ、さらに相手と深く繋がっていたいとも思う。深い繋がりはより安心をうみ、何かを始める際に背中を押してくれ、辛い時には支えてくれる。より人生が豊かになり、明日を照らす光となる。

最近私が意識しているのが、些細なことでも連絡を入れるということだ。
友達と年末にカラオケに行った時に、【ルーム料金40%引き】のクーポンを使ってくれた。かなりのポイントがかかるが、一緒に行った友達みんな喜んでいた。その場でみな「ありがとう」を言っていた。僕は家に帰るともう一度「ありがとう」を伝えた。そうすると「それ言ってくれるのめっちゃ嬉しい」と伝えてくれた。

人はみな自分を見てくれる人を好む。些細なことでも連絡があると嬉しい。その場で言うだけじゃなくて後からもう一度伝える。そして次会った時にも「こないだありがとう」と伝える。そしたら自然と仲良くなれたし、ぐっと関係が深くなり、一緒に旅行にいく関係になれた。

「気遣いの反対は怠惰だ」と聞いたことがあるが本当にそうだと感じる。LINEを一通いれるくらい誰にでも出来るしお金もかからない。それでもそのひと手間を踏むことで人間関係はぐっとよくなり、楽になる。相手に好印象を植え付け良い運が巡ってくる。つまり、いい事しかない。

また立つスタンスを「別れる」のが基本だと思うようにした。友達が「続かない関係を嘆くより、目の前の人を大切にした方がいい。関係が続かなくても心の中で生き続けている」といった。
友達のこの言葉はずっと頭の中で反復されていて、人生何周目かを疑いたくなる。
確かに、学校生活は同じ電車に乗っている関係だった。目的地も人によって違うし、おのおのの目的地に着けば降りていってしまう。いつか別れるのは至極真っ当な話であり、もしまた同じ電車に乗ることがあれば交わればいいことだろう。

去るものは追わず、来るものは拒まず


という孟子の言葉がある。
人生の中で出会ったほとんどの人とは、いずれ別れがやってくる。そうやって「会って別れて」を繰り返していくのが人生なのではないだろうか。人間関係は常に入れ替わっていく。「一生を通じた友情」を得られたのならそれはラッキーなことだと思った方がいい。

ただ、そのスタンスの中にも、些細なことに気遣い、最近あっていなくても「誕生日おめでとう」をいうだけで相手との関係は維持できるものだったりするのだ。
この一言を怠ってはいけない。

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