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「森の香り」

私は入浴剤が好きだ。


特に「森の香り」というやつがお気に入りである。

今回買ったのはバスロマンだった。
いつもはバスクリンだったのに。

何が違うんだ?と思って買ってみたらだいぶ違う。

まず色が違う。
バスクリンはちょっとオレンジ色がかった粉で、お湯に入れた途端蛍光の黄緑色になる。
それに対してバスロマンはというと終始濃い緑色である。
正直、前者の色の変化を子供の頃から楽しみにしていた私としては少しがっかりした。

また、香りもだいぶ違う。
前者が針葉樹のような爽やかな香りに対して、後者は少し落ち着いていて青さの中に少し甘い香りが入り混じる。
この甘い香り、私は自然の中で嗅いだ覚えがあった。





みなさんは森に行ったことがあるだろうか。
私は趣味が登山なので木々に囲まれた場所に行くことが普通の人よりは多い。
特に低山は鬱蒼としていて暗い。

山と一言に言っても色んな匂いがする。
あれはおそらく山の湿気た空気に匂いが溶け込んでいるからなのだろう。

きっと乾燥した空気で満たされた空間では匂いが風に乗って流れてああはいかない。

一度山の中で道に迷ったことがあるが、その時は土の匂いが濃かった。
だから土は不安の匂い。
山で感じる匂いには他にも、「獣のような匂い」「硫黄の匂い」そして「森の匂い」がある。

森の匂いを私が嗅いだのは2023年の夏、藤倉山に単身夏に登った時だ。

私はいつも家を出るのが遅い。
なので本来早朝から始めるべき登山が昼から夕方前までかかってしまう。
すると真夏の一番暑い時に誰もいない山の中を彷徨うことになる。

藤倉山は獅子畑口から登り始めた。
昨年の記憶をたどると、車を止めた場所の近くに細い滝があり、そこから流れる小川を木製の橋を渡るとこから始まる。
そしてつづら折りになっている木々の間を通り、大きな岩場を抜け、蜘蛛の巣が張っている山ツツジの茂みの間を通り、ロープを握りながら急登すると展望台、そして頂上になる。

ここまでの道のりで気力体力ともにある程度削がれていると、多少のことでは動じなくなる。
多少のことというのは蜘蛛の巣や延々と顔の周りをついてくる蚊の群れなどである。
それでも、一瞬車や音楽のベース音にも似た低いブンブンという音を聞いた時は焦った。

オオスズメバチだ。

私の親指ほどもある太い黄色と黒の縞模様のそれが、右手側がすり鉢状の崖になっている目の前の道をふらふらしている。

決死の覚悟で走り抜けるブナ林。

「グリーンインフェルノ」

私がその言葉を初めて目にしたのはあくまで食人族に森の中で襲われる映画のタイトルとしてだったが、この時はこの森、この状況に名付けたいタイトルだと思った。

そこには私の頭皮の代わりに直射日光に焼かれた広葉樹の甘い香りが充満していた。




これがバスロマンの森の香りだ。

「思ったより熱くて入ってられないな」

そう思って私はその日、早々に風呂場を後にした。


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