見出し画像

 箱根にあるポーラ美術館が、ピカソの「海辺の母子像」を所蔵していることを私は知っていた。

 ポーラ美術館にはよく行く。モネ、マチス、藤田嗣治の特別展には開館時刻の9時を待って入館した。ポーラ美術館は箱根の山の中にあるため、交通も不便で開館時刻の9時に行く人はあまりいない。だから、9時に入館するとほとんどの作品を「貸し切り」で観ることができる。都内の美術館のように、人の流れに沿って観なくてはならないということはない。場合によっては、部屋に私一人ということだってある。作品と一対一で対峙するとき、時の流れは止まり、作品の中に心が溶け込んでゆく。部屋全体が一つの作品であるかのような錯覚に陥り、私の身体は作品の一部となる。

 ポーラ美術館に行く度に、ピカソの「海辺の母子像」の展示予定はないのかと美術館の職員に聞いていた。ピカソの青の時代の作品をまとめて観てみたいと伝えていた。
 その願いが叶った。
 「ピカソ 青の時代の超えて」というテーマでピカソの作品が展示された。「海辺の母子像」の他にも青の時代の作品が数点並んだ。その数点の作品の前を行き来しては「海辺の母子像」の前に立つ。それを何度も繰り返した。
 ピカソ自身、悲しみに沈んでいた。その状況で、悲しみを抱えた貧しい人々を見つめ、青の絵の具を用いて絵画にその姿を捉えたピカソの心情を想像してみる。ピカソとの対話だ。

 あの時間を表現することは、私の力では到底できそうもない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?