#108 フランスの村々へのスケッチ旅(その5) 身振り手振りでの会話
エスタンという村の路地でスケッチをしていたら、通りがかった年配の女性に「ボンジュール」と笑顔で声を掛けられた。「ボンジュール」と応えて、「あの古城を描いている。素晴らしい景色ですね」と英語で伝えると、女性はニコニコしながらスケッチブックを覗き込み、制作中の絵と古城を見比べながらフランス語でゆっくりと何やら喋っていた。笑顔を絶やさない。
しばらくして立ち去るのかなと思ったら、女性は笑顔でスケッチブックを捲る動作をした。そうか、今までに描いた完成作品を見せてくれということなのだなと理解して、私は膝の上のスケッチブックを女性に手渡した。女性は一枚一枚捲り、絵を見ながら頷き一言二言発するのだが、何を言っているのかは分からない。見終わると朗らかな表情でスケッチブックを私に戻し、何やら言って女性は去って行った。終始、笑顔が印象的な人だった。私は歩く女性の背を見て、ほのかな安らぎのような幸福感に包まれた。
公園のベンチに座り、エスタンの古城を別の角度から描いていたら、今度は年配の男性に声を掛けられた。男性も笑顔だ。この美しい景色を見ながら育ち、日々生活をしている人々の表情は、自ずとこのような笑顔になるのかしら…と思ってしまうほど笑顔が自然で、私の心にスッと入ってきた。
この男性は先の女性のようには多く話さなかった。笑顔のまま傍に立って制作の様子を見ていた。すると男性は「ムッシュー」と声を発し、スケッチブックを指差し、次に自分の目を指差し、再びスケッチブックを指差した。ああ、この人も完成作品を見たいということなのだなと理解して、「OK! プリーズ」と言ってスケッチブックを男性に手渡した。男性はニコニコしながら一枚一枚ゆっくりと見ていった。見終わると男性はフランス語で私に何やら喋り掛け去って行った。「楽しいひと時をありがとう」とでも言ってくれたのだろうか。眼の前に広がる美しい光景が一際輝いているように思われてきた。
先の女性もだが、この男性も見ず知らずの旅行者に、ごくごく自然に接してくれた。その仕草があまりにも自然であったものだから、言葉が理解できないことをあまり意識しなかった。
このような体験ができるのもスケッチツアーならではのものだ。言葉が通じなくとも絵があれば交流することができる。
絵画の力とスケッチツアーの魅力を改めて感じている。