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#106 有安さんからの絵葉書
「そんなことを言っていたら、いつまで経っても実現することはできませんよ!」
有安さんは言い放った。少し怒気すら感じられる言い方だった。
有安さんはアンティークショップ「飾り屋倶楽部」の店主だ。知り合って10年以上になる。店は清里にあるが、年に2回、御台場で開催される骨董ジャンボリーに出店されていて、そこで会って話をするのを私は楽しみにしていた。少し歳の離れたお姉さんという感じ。
有安さんは買い付け先のロンドンやパリから私に絵葉書を送ってくれた。古いパリの風景や人々の暮らしを撮った写真の絵葉書。いつも細かな文字がビッシリと書かれていた。以下、文面の一部である。
◆今日は雨が降り寒かった。しかし、じっとしていられない私は、今日もパリの街を歩いて回った。
◆パリ北駅の構内にあるお兄さんの店に行くと、「ヨ!またカードだね」。そして面白いイントネーションで「アリガト」と云う。こんな何気ない会話に元気付けられる。
◆真剣にアイテムを探しているノミの市。忘れられないディーラーとの出会いが私の買い付けの旅路の財産。
◆旅路、特にヨーロッパで受けるオーラは私にとって不可欠なもの。育まれるものがある。生み出すことは相当な引き出しを持たなくては不可能だと推察。
◆1930年の寒そうなパリの凱旋門を写したこのカードが大好きです。
◆追い続ける一世紀前。ヨーロッパの郷愁。皆一生懸命に生きた過ぎ去りし日々。
◆生きている限り、あまねく降り掛かってくる事柄とは云え現実をなかなか受け入れ難くなっている。
◆買い付けでロンドンに。一日一度は見舞われるシャワー。屋外で開催されるフェアの敵。それでも頑張る高齢者のディーラー。本質的な人間の魂。
◆枯葉舞い散るパリ。まさにそれはシャンソンの世界。体力を考え穏やかにと自身を気遣いつつも、現場に至ればたちまちヒートアップ。
◆成田到着迄、探し続ける旅。至難の技。幸運な出会いを求めて日本に持ち帰ることが使命。
◆このカード、パリの胃袋と形容されたレ・アール。大戦を控えていた当時のパリのカフェ。それぞれに楽しみを忘れない人々は、どの様な人生を歩んだのでしょう。
◆目の前に立ちはだかる様々な予期せぬ出来事。それが人生。パリの哀歓。
◆増田誠『パリの哀歓』。幸せというものを絵にすると、この絵のようになるのだろう。
◆変な男と女の生き様分析を好んでする。古くはギリシャ・ローマ。そしてバロックから印象派の人々まで、音楽家もいれば画家もいる。関わった国王もいる。ジャンルを問わず仕様の無い人々ほど面白い。どんな身分の人々も人間臭く生きている。
◆ポンド高、更には寒さと風雨にまで見舞われてしまった不運。短い滞在ですべて順調に終えることは難しい。
◆今回ヒースローに向かうシートテレビで心に残ったもの『イブサンローラン』。名を残す人々の背後に必ずやあるもの。名プロデューサーのピエール・ベルジェとの関係。単にゲイと云う関わりを越えた生死を賭けた繋がり。「求む、飾屋倶楽部プロデューサー」・・・ それはお客様。
◆自由であることの幸せと打ち込めることのある充実。お客様から受ける風に感謝。
◆明日、ロンドンからパリに移動。イギリスらしい定まらない天気の中、寒さや雨の備え。その上、買い付けの荷物を持って地下鉄に乗ると、「ユーは何しにイギリスに」、そのような視線を感じる。このように東の国から来た女も居れば、顔の色、人種など様々。治安の劣化等を避けながら粛々と日々を送る。
◆ふと擦れ違う人々を見ながら、地球上のどの国で誕生するかでその人の人生が大きく左右されているよに思うことは無謀でしょうか?
◆日本を出発するときに見た、皇居に向かって沈む大きな太陽を、またロンドンで見る。パスポートの書き替えを否定しておりましたのに、今こうして、またイギリス、フランスをぶらぶら。お客様に育てられたこのステージを、やはり捨てられないでいる私。
文面からは疲労感と孤独感が伝わってくる。一人で海外に行き、一人で歩き回る。重い荷物を持ち電車やバスに乗る。ロンドンやパリでは雨に降られることが多い。疲労で眠り込む。しかし目を覚ますと再び元気にホテルを出てマーケットを歩き回る。孤独を忘れさせてくれるのは、日本にいる客の笑顔だとのこと。
骨董品からエネルギーを得ている人。常に夢を追い求めている人。実行する人。タイムマシンで100年前の時代からやってきたような人。
有安さんは「1世紀前からのメッセージ」をテーマにしている。現代に生きる私たちが忘れてしまっている価値観・感覚・感情を含めて、1世紀前の美しさを届けてくれる。
飾り屋倶楽部には書斎小物・バッグ・絵画・装飾品など、芸術性の高いものが多い。中には結構大きいものや重いものもあり、有安さんはこれを持ってパリの街を歩かれたのかと、買い付けの様子を想像して、有安さんの心の強さを思う。
有安さんからの絵葉書は全て書斎の引き出しの中にしまってあり、時々取り出してみる。その瞬間、私の心はパリの空を舞い、パリの道を歩く。
ある年の骨董ジャンボリーで有安さんに会ったとき、「定年まで2年あるのですが、早期退職をすることにしました」と話した。すると有安さんは満面の笑顔で応えてくれた。「それは素晴らしい。素敵な決断じゃないですか。おめでとうございます。よく決心なさったわねえ」
退職したらパリステイをしたいと思っていること。有安さんがパリで使っているホテルなどを教えて欲しいというようなことなどを私は話した。有安さんはニコニコしながら聞いてくれ、数日後、ホテル等の資料を送ってくれた。
パリの街をゆっくりと歩いてみたいと思っていた。気の向くままに美術館に行き、セーヌ川沿いを歩き、カフェでビールを飲む。時には下手な絵を描き、取り留めのない文章を綴る。ホテルの近くのスーパーでパンとチーズとハムとサラダ、そして安いワインを買ってきてホテルの部屋で食事。サーディンのオリーブオイル漬けがあれば尚のこといい。明日はどこを歩こうかと地図を開く。そんな時間を過ごしたい。
そう思っていた矢先、パリでテロが起きた。2015年11月。多くの命が失われ、美術館などの施設が閉鎖された。
ああ、パリステイの夢が遠ざかってしまった。
失望しながらも、心の奥の奥では計画が棚上げになったことで安堵する気持ちがなくもなかった。と言うのは、パリでの生活に憧れているとはいえ、現実に私にそれをやることができるかどうか不安だったのだ。街の地理を把握していない。ホテルをどうするか。言葉の不安。トイレと食事の不安。交通機関の不安。体力的不安。そのような不安が心の中でいくつも重なり合い、腰が引けている自分がいた。
そんなときにテロが起きた。これで計画を少し先延ばしにできる。仕方がないよ。情勢が悪いんだもの。大変なことが起こった街へ旅することへの抵抗感も複雑に絡み合う。
テロの騒動が少し収まった頃、骨董ジャンボリー会場で有安さんに会った。
「パリステイはどうなりました?」
「行きたいんですけどね、テロが起きてしまったでしょう。ちょっと今は無理かなあと思うんですよ」
私のその反応に対して発せられた有安さんの言葉が冒頭の一言だった。
「テロは東京にいたって起きるかもしれません。そんなことを言っていたらいつまで経っても実現することはできませんよ」
テロを口実にして、未知の世界に飛び込むことに尻込みをしている私の心は、有安さんに見抜かれていた。
数日後、有安さんから葉書が届いた。
「パリ!! 御気持ちに忠実な選択を望みます。人はいずれかの場所で必ず果てる。私自身は幸運を信じて、無謀とも思われる道を選んできたかと思っております」
その数カ月後、私はシャルル・ド・ゴール空港に降り立ちパリステイをスタートさせた。
パリでの時間が始まったのだった。
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