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#109 フランスの村々へのスケッチ旅(その6) 目の前で車が止まった

 幅10メートルくらいの川に掛かる橋の中央付近に椅子を置き、スケッチをしていた。エスタンという人口400人くらいの小さな村。水の流れる音を耳にし、川辺に生えている木々に目をやり、その付近の景色を描いていた。
 車が橋に差し掛かった。車一台は十分に通ることができる道幅ではあったが、椅子に座ったままだと危険かなと不安になり、立ち上がって身体を少し後ろに引いた。車はゆっくりと近付いてきて、そのまま通過していくと思ったら、私の前で止まった。
 運転席のガラスが下がり、女性が笑顔で「ボンジュール」。そして、絵を見せてくれと言う。私は立ったままスケッチブックを捲って、それまでに描いた絵を彼女に見せていった。見終わった彼女は笑顔で「ありがとう。続けて、いい作品を描いてね」らしきことを言って、車を発進させた。車を止めてまでして絵を見せてくれと言われたのは初めてのことだった。

 日本で絵を描いていても話し掛けられることはほとんどない。ましてや完成した作品を見せてくれなどということは全くない。関心があっても、制作の邪魔をしてはいけないという気持ちが優先してしまう。昨年のイタリア・スカンノでも多くの人に声を掛けられたが、完成作品を見せてくれという人はいなかった。
 しかし、あの日、エスタンでは3人の人から作品を見せてくれと言われた。
 フランス人にとっては、一歩相手の懐の中に入っていって、相手への関心をもつことが、ごく普通のことなのかと思われた。そうすることが相手への敬意の表現なのかとも思われた。