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【物語】“満月はちみつ”いかが?

木の間から見える星たちが、遠りょがちにかがやくようになると、森にひとすじのスポットライトがさしてきます。

そうです。今日は十五夜、まんまるお月さまがノッソリ姿をあらわします。
(月の光は、なんだか冷たい・・・・・・)
と思うひともいますが、じっさい森にやってくるお月さまは陽気で、その光はあたたかいのです。
お月さまがあくびをするたびに、その光はくわぁりくわぁりと森にのびてゆきます。


そんな、十五夜のお月さまが森でころげ回って遊ぶとき、森の樹たちもきっと遊んでいます。
そうして、一晩中遊んで、しずかな朝をむかえたとき、樹たちは自分たちの枝が少し伸びていたり、幹が少し太くなったりしていることに気づくのです。

せわしない満月の森には、ある働きものがあらわれます。
ブーーンというここちよい音をひびかせながら、とうめいなミツバチが何匹か、森を飛び回っていることがあります。
それも真夜中に。
満月の光があたって、暗やみに浮かび上がっている花を、あちこちめぐっているのです。

綿毛のころ、西のほうの大阪から飛んできて、この森に根をおろしたある花が、とうめいミツバチにたずねました。
「なぁ、あんた、なんかえらくまっしろ、ちゅうか、とうめいやけど、どっからきて、この森で何をしとんねん」
「わたしはどこから来たか、もうわすれちゃったの。わたしたちとうめいミツバチは、満月の夜にしかとれないミツをあつめているの」

そう言いながら、とうめいミツバチは月の光にてらされた森をせわしなく動きまわっています。

はたらきもののミツバチに感心した花は、
「なぁとうめいミツバチさんよ。わいらの花のミツもなかなかのもんとちがうかい?」
とききました。
「あなたたちは、まだじゅうぶんに十五夜のお月さんと遊んでいないわ。だから、まだおいしいミツがとれないの。わたしは忙しいからこれで失礼するわ。遊びたりない、西のほうから来たお花さん」

そう言うと、とうめいミツバチは、今さっき、くわぁりと光をのばしはじめた場所にむかって飛んでゆきました。


「なんか、そっけないミツバチやなぁ」
花はそうつぶやくと、別の働きもののミツバチに話しかけました。
「よォ。ミツいっぱいとれてるかい?」
「ん? オレに言ってるの?」

働きざかりの若いとうめいミツバチがふりむきました。
体をよくみると、黄金(こがね)色のハチミツでもう半分くらい体がうまっていて、重たそうに飛んでいます。
「今晩は豊作だよォ」
と言うと、はちみつがたまった、とうめいな体を得意げにゆらしました。

「こんなにいっぱいとれたのさ。《満月はちみつ》はおいしいんだぜ」
「そうなんや。わいもいつか食べてみたいな。ところで、君らどこに住んどんの? 満月の夜以外は寝ていて、まんまるお月さまが出てきたら働くんかい?」
「とんでもない! それじゃあ、とんだなまけ者さんじゃないか。オレらとうめいミツバチは、満月が出ている場所を求めて世界中を旅している。きまった家をもたない風来坊さ」
「そないたくさん動いたら疲れるやろ。なんで旅すんの?」
「場所をかえれば、毎日十五夜お月さんと会えるからさ。ほら、あるところで朝日が昇るのを見たら、地球のうら側では陽がしずんでいるってよく言うだろう? お月さんも同じで、今日とはちがう遠いところに行けば、毎日《満月はちみつ》がとれるってことさ!」
「なんか、けったいな話やなぁ・・・・・・。毎日ごくろうさんですわ」

「オレらのひいじいさんのころは、一月にいっぺんはたらけば良かったんだけど、近ごろはからだを悪くする樹(き)さんや虫さん、森のなかまたちが多いから、毎日ミツをあつめないと、とてもじゃないけど足りないのさ」
「ふうん。ぐあいの悪いときに、ミツなめるとええんか?」
「そうさ。森のなかでは“満月はちみつ”ってけっこう有名なんだぜ。オレらは昼間、樹のうろで休むんだけど、その樹が弱っているときは、とったミツを樹のなかに流しこんであげるんだ。そうすると、樹は満月に会いたくなって、毎夜月をみるたび、月に近づこうとして、のびるのさ」
「わしもミツいっぺん食べてみたい!」
「まぁ、具合のわるいひとに先にゆずってあげてね。明日の夜は、オレらはインドに行って、《満月はちみつ》をとるんだ。今晩とったミツは、向こうの川岸から五ばんめの樹のうろに入れておくよ。じゃあね!」

そう言って重たそうな体をせいいっぱい飛ばしながらとうめいミツバチは去ってゆきました。

次の日、大阪から来た花は気になって、その川から五ばんめの樹の下に行ってみました。
すると、その樹の幹にアリの行列ができていて、その模様をよく見ると、こう書いてありました。

「《森の小さなしんりょう所》。
お体のぐあいがわるいかた、いらっしゃい。
どなたもだいかんげい。
おくすりはたったひとつしかないけれど、こうかばつぐん。
それは“満月はちみつ”。
みなさまおだいじに。
きのうハワイから来た、とうめいミツバチより」

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