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【フェムテックの社会学的探究シリーズ】Vol.8 管理社会とプライバシーの課題;Femtechのデータは誰のもの?

テクノロジーが進化し、あらゆるデータが記録・分析されることで、個人の行動や健康状態までが「可視化」され、最適化される時代になりました。釈迦に説法ではありますが、Femtechも女性の健康をサポートする画期的なツールである一方で、同時に、私たちのデータがどのように扱われているのか/事業者がどのように扱うべきなのかについては、慎重に考える必要があります。

前回の記事では少し哲学的に現代社会における健康管理を監視と規範の視点から考察しました。

https://note.com/femtechjapan/n/nc4d2ef2098d2

今回はその視点をFemtechに当てはめ、プライバシー問題と国家監視について掘り下げていきたいと思います。今回はこの問題が顕著なアメリカを参考事例に取り上げました。

国家監視とプライバシーの新たな課題

Femtechは女性特有の健康データの収集が可能であり、ジェンダード・イノベーションの観点からも重要であると考えています。

しかしその一方で、Femtechが収集するデータが国家の監視や法的証拠として利用されるリスクも指摘されています。2022年、アメリカでRoe v. Wade判決が撤回され、中絶の権利が各州の判断に委ねられたことを受け、法律家などの専門家だけでなく、ユーザーである女性もプライバシーの懸念を強めています。今回は、アメリカを参考にFemtechの可能性とリスクの両面を見ながらデータプライバシーの問題について考察していきましょう!

1. Femtechと妊娠モニタリングの進化

妊娠モニタリングの主なツールとして以下が挙げられます。

・妊娠モニタリングアプリ(Flo、Clue、Oviaなど)
         妊娠の経過を記録し、健康管理のアドバイスを提供
・ウェアラブルデバイス(Avaブレスレット、Bloomlifeなど)
        胎児の心拍や母体のバイタルデータをリアルタイムで測定
・ オンライン医療相談
        バーチャル診察や遠隔医療を通じて、医師と相談

これらのツールの進化により、妊娠合併症の早期発見個別化医療の実現が可能になり、妊婦と医療従事者のコミュニケーションがより円滑になりました。

2. COVID-19とFemtechの急成長

更に、COVID-19のパンデミックをきっかけに、Femtechの利用が急速に拡大しました。

社会的状況も相まって、Femtechは女性が自分の健康を管理するための有力なツールとして定着しました。

3. Roe v. Wade撤回(2022年)後の変化

2022年6月、アメリカ最高裁判所がRoe v. Wade判決を覆し、人工妊娠中絶の権利を各州の判断に委ねる決定を下したのは記憶に新しいです。これにより、アメリカ国内の中絶に関する法律は大きく変化し、多くの州で中絶の禁止や厳格な制限が導入されることになりました。この政策の転換は、Femtechの利用動向やプライバシー問題に深刻な影響を与えています。

<中絶禁止州でのFemtechデータの利用リスク>
Roe v. Wade撤回後、中絶を違法とする州ではFemtechアプリのデータが法的証拠として使用される可能性が高まっています。下記に例を挙げました。

実際に、中絶に関連するデジタル履歴が犯罪捜査に利用された事例もあります。
<1. Google検索履歴とデジタル証拠>

2017年、アメリカ・ミシシッピ州で、流産を経験した女性が「第二級殺人罪」で有罪判決を受けました。この事件では捜査官が女性のスマートフォンを調査し「流産を引き起こす方法」に関する検索履歴を発見しました。
検索履歴が「違法な中絶を試みた証拠」として裁判で使用され、最終的に有罪判決が下されました。

この事件はFemtechアプリに直接関係はないものの、デジタルデータが犯罪捜査に利用される危険性を示す重要な事例です。

<2. オンライン処方>

2025年1月の報道によれば、ニューヨークの医師であるDr. Margaret Carpenterが、ルイジアナ州の未成年者に対して中絶薬を処方したとして起訴されました。 レイプや近親相姦による妊娠であっても中絶は違法とされています。

このケースでは、医師の通信記録や処方履歴が証拠として使用されており、オンラインでの医療行為が法的リスクを伴うことを示しています。

Roe v. Wade撤回後、Femtechが収集するデータもまた同様のリスクを抱えており、このような事例はさらに増える可能性があると専門家は指摘しています。

<Roe v. Wade撤回後のユーザー行動の変化>
最高裁判決後、月経管理アプリやサービスに関して2つの行動パターンが確認されています。

しかし一方で中絶に関する多様な政策を持つ州に住むアメリカの女性183名を対象にFemtechとプライバシーに関する意識調査をした研究(※1)では、参加者が一般的にアプリを削除する以外の行動をほとんど取らなかったことが示唆されました。プライバシーに関するリスクを軽減するための方法について、十分な情報が得られず、よくわからないまま無力感を抱く傾向があると指摘されています。

Roe v. Wade撤回後、Femtechの利用が女性のエンパワーメントにつながる一方で、国家による監視のリスクも高まっていることが浮き彫りになりました。その一方で、ユーザーのプライバシーに関するリテラシーが不足しており対処が困難である状況でもあります。この問題に対処するためにはFemtech企業自身がプライバシー保護を強化、政策や法制度の整備、リテラシーの向上が不可欠であると考えます。

4. 「中絶ツーリズム」と位置情報の監視リスク

中絶が禁止された州では、合法な州に移動して手術を受ける「中絶ツーリズム」が増えています。しかしFemtechアプリが収集する位置情報(GPSデータ)が、移動履歴を追跡する手段になり得ると指摘されています。

(例)
・アプリが記録するリアルタイムの位置情報が、中絶を行った証拠として利用される
・移動履歴が犯罪捜査に活用され、他州での中絶が違法行為と見なされる

5. Googleの対応:プライバシー保護への取り組み

このようなリスクが指摘されたことを受け、Googleは2022年に「センシティブな場所の位置データを自動削除する」方針を発表しました。

削除対象となるデータ :中絶クリニック、不妊治療施設、DVシェルター、薬物依存治療センターなど

この取り組みにより、個人のセンシティブな移動履歴の追跡リスクを軽減したと言えるかもしれません。しかしもちろんGoogleの対応だけでは不十分であり、他のFemtech企業やデータ管理者も同様にこの問題について取り組む必要があると思います。

Femtechはエンパワーメントか、監視のツールか?

Femtechは、もともと女性のエンパワーメントを目的として発展してきました。しかし上記のように、国家による監視やデータの悪用のリスクも無視できません。

今回はアメリカを事例に挙げましたので、中絶に関する法律などの状況は違いますが、勉強になりますね。そして、日本においてもプライバシーリスクを考慮したうえで、データ削除ポリシーや暗号化技術を強化できるFemtech企業が必要とされており、ユーザーからの信頼や注目を集めていくのではないでしょうか。少しでもみなさまの参考になれば幸いです。


引用文献
※1
Cao Jiaxun, Laabadli Hiba, Mathis Chase H., Stern Rebecca D., Emami-Naeini Pardis. (2024). "I Deleted It After the Overturn of Roe v. Wade": Understanding Women's Privacy Concerns Toward Period-Tracking Apps in the Post Roe v. Wade Era New York, NY, USA.

参考文献
Hofmann Dylan. (2024). Femtech: empowering reproductive rights or FEM-TRAP for surveillance? Medical Law Review, 32(4), 468-485.

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