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命を支えるものほど儲からない理由
「生産性が高くなると貧しくなる?」というツイートのまとめを読んだ!
(書き手は農業研究者の篠原信さん)
生命維持に必須なものほど価格が安くなり、供給元が富むことが難しくなることが興味深かったのでシェアして行きたい。
このまとめで興味深かったのが以下の内容!
・日本の農業は大規模化が進み「食品」を中心に生産しているが「食糧」の生産は減少していること
・理由は簡単で「食糧」品目より「食品」品目の方が儲かりやすいから
・命に関わる食糧は市場に安定した供給をすることから市場価格が低迷しやすいこと
・「水の価値のパラドックス」に似た現象が食糧価格にも起きていること
普段、市場や価格について考えることはあっても、食卓に並ぶ「食品」や「食糧」を分けて考え、「命を支える食糧が儲からない構造」にまでは意識が及んでいなかったので、とても新鮮な視点を得られた。
「食糧」と「食品」の価格の違いについて考える
需要と供給に基づいた市場価格を考えると、生活必需品である「食糧」は、安定供給が求められるため、市場に大量に出回る結果、どうしても価格が低く抑えられてしまう。一方、「食品」は市場で希少性があるため、高価格で取引されやすい。
「水の価値のパラドックス」と同じように、価格は有用性ではなく希少性に依存し、需要が多く供給の少ないブランドめいた「食品」の生産者により多く富が集中する。そして、みんなにとって大事なはずの「食糧」と「食糧の生産者」が市場原理の犠牲となり、困窮してしまう。この矛盾に不条理さとやるせなさを感じる。
経済の仕組みが生む「飢餓」
また、そうした経済学上の仕組みによって、人類に飢餓が起こる可能性が高くなるのが罪深い。
世界の食糧生産量は全人類を飢えさせることなく生きられるだけの量があるにも関わらず、現在も飢餓に苦しんでいる人がいるのは、経済的要因や紛争だってことをまざまざと感じさせられる。
イエメンでは、紛争によるインフラ破壊で食料価格が高騰し、500万人以上が危機的飢餓状態。サハラ以南のアフリカでは、約2億7000万人が栄養不足だという。現実に約8億人以上が苦しんでいる状態の一因に市場原理に基づいた経済的要因も含まれているのが、やるせなく感じる。
自己矛盾を含んだ「食糧問題」
「生産性が向上するほど貧しくなる」というテーマは、農業や食糧生産に限らず、他の分野にも当てはまりそうだと感じた。
インフラもそうだけど、命に直結するものが市場原理によって軽視され、持続可能性が失われていく。私たちが「当たり前」と思っている基盤には大きな矛盾が潜んでいるのかもしれない。
コロナ禍でエッセンシャルワーカーが脚光を浴びたり、地球単位での気候変動が取り沙汰される中、個々人が思考し、社会全体で現実的で具体的な対策を考えていかなければならない問題だと改めて感じたのでした。