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下北沢本屋B&B『月の本棚 under the new moon』出版記念イベント

何だった?と男の人がいった。
サンドイッチがあなたに愛してほしいって、と私はいった。

『レモンケーキの独特なさびしさ』

食べものを一口、味わっただけで、食材の情報やつくつられた環境はもちろん、つくった人の心理状態までを感知してしまう才能(障害ともいえる)を持ってしまった少女の物語を手にしたのは、いつもの書店だった。そういう設定を興味深く読み、当時webで連載していた『月の本棚 清水美穂子のBread-B』で紹介した。

そのとき自分の置かれている状況や、時間や空間から一旦離れて、別のところへ連れて行ってくれる本が好きだ。
それは現実逃避なのかもしれない。

けれど、最近思うのは、読書は逃避であっても逃げきれておらず、その時間はひとつの、個人的な体験となるということだ。

本を読んで感知する事柄は人それぞれで、同じ本でも何にも感じない人もいれば、感じる人もいる。その箇所も深さも異なる。
感じるのは他の誰でもない自分で、いままで経験してきたこと、いま抱えているものに何かがリンクするから感じるのだ。

とすると、自分が置かれている状況から離れたつもりでも、その本を感じている自分はまさにその状況のなかにいる自分で、じつはぜんぜん離れていないのだ。

それは初めて着る服、初めて聴く音楽と似ている。自分は自分のまま、周囲がちょっと変化する。
そういうふうに本を読む、その時間を大切に思う。

それは何かができるようになるとか、何かについて知るための本ではなくて(そういう本ももちろん大切だけれど)、その時の自分がたまたま手にとって、一緒に過ごした本だ。

2023年4月20日に出した『月の本棚 under the new moon』(書肆梓 2023)には、そうした本を「自分はこんなふうに読んだ」という個人的なこととして書いた。

冒頭の『レモンケーキの独特なさびしさ』は、webに掲載されたあと、パイロット版のような前著『月の本棚』(書肆梓 2018)に収録している。

そのあとで、ameen's ovenのパン職人にして詩人でもあるミシマさんから『敷石のパリ』出版記念のポエトリーリーディングに誘われ、「美穂子さんの書かれていたエイミー・ベンダーの『レモンケーキの独特なさびしさ』を訳された管さんも参加されます」と聞いて管さんが詩人でもあったことを知った。

今回の『月の本棚 under the new moon』では、管さんの訳によるパティ・スミスの『Mトレイン』を取り上げた。自分のいなかった時と場所の記憶を、そこにいるような気持ちになって、心地よく読んだ。わたしは本を読みながら、未来より過去を想う。自分の過去に遡る。

管さんのことを書いているのは、来月、下北沢の本屋B&Bで管さんと、トークイベントをさせていただくことになったからだ。
先日、管さんと書肆梓の小山さんと三人、下北沢でご飯を食べた時のきまりは「トークイベントで話すことについては話さないこと」だった。
管さんは『本は読めないものだから心配するな』という読書の実用論についても本を出されている。

それでいま、ドキドキしている。
一体どんな話になるだろう。

今回は、パンのご用意はないけれど、小山さんの深煎りコーヒーを楽しんでいただけそうです。パンの話ではないけれど、来ていただけたらうれしいです。

『月の本棚 under the new moon』刊行イベントはこのほかに、関西で今月末に開催予定です。

スタンダードブックストア(大阪)

バウプラス京都スタジオ(京都)

amazonのリンクも貼っておきます。


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清水美穂子
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