誰もが持っている”響き”それに気づいた日
さて、前回の記事でNYの話が始まったんだけれど、今日もその続きを書いてみようかな。
前回の記事⇩
このNYに行ったという話は2013年10月のこと。
今から9年前だなんて考えられないくらいあっという間だったんだけど、この9年の間、ゆっくりと、着実に確実に、エイドリアンのこの日の教えを紐解いてきた。
自分なりに、あの頃の衝撃を無駄にもしたくないし、忘れたくなくてね。
私は学生の頃からずーっと歌を歌っていたわけだけど、歌いながら力を抜くってことが本当にできなかった。力を抜くと考えれば考えるほど力は入る。人間の脳と身体は敵同士なのかと思うくらい、言うこと聞いてくれない。
”リラ〜ックス”
エイドリアンはそれをレッスン中に私の身体に感じさせてくれたわけだが、そのあまりの力の抜けすぎた感覚と声に、こんなんで歌っていいのかと、歌えるわけないじゃないかと、固定概念に囚われていた私は数日戸惑い続けていた。
エイドリアンは、もう一つ大事なことを言った。
”ヒビキ〜ヒビキ〜” 赤ちゃんがふにゃふにゃおしゃべりする時の声、赤ちゃんがあ〜〜〜ん!って泣く時の声、あれだよって。
この話を思い出せば出すほど、やっぱり赤ちゃんて全てをわかってて生まれてくるんだなって改めて思わせてくれる。
これについても書いてるので是非読んでくださいね。⇩
私は赤ちゃんになりきってエイドリアンの真似をした。それよそれよ!って”イエ〜ス”って言われる。少しでも首や喉に力が入るとそれを見抜いて”ノ〜ノ〜”。
こんなレッスンが何回か続き、ある日のレッスンで気付く。
あ、私、もう持っているのかもしれない。
そう、誰もがすでに持ってる純粋で美しいその人だけの唯一の”響き”。
ふんわ〜りではあったが、その原点に立ったような、ゴリゴリに固まってくっついていた皮を剥いだような、そんな感覚。まさに赤ちゃん🤱
それから残りのレッスンではエイドリアンの言っていることがすんなりと入ってきてた記憶がある。最後はとっても褒めてくれて、”ワァ〜オ!ファス〜ン!グーーーッド!”って言ってくれたエイドリアンの綺麗に響く声が最高に嬉しかった。耳から離れなかった。
あの間録音していたデータをどこかに飛ばしてしまった私は何をしているんだとあの頃の甘さを痛感しているんだけれど、NYにいた20日間のうちのたった6日間のレッスン。しかも3日間は1時間ずつ、3日間は30分ずつのわずか4時間30分。そのわずかと思われるエイドリアンとの時間は、録音なんてなくても身体と感覚で全て覚えていて、私のNYの全てだったし、今日までその大衝撃が引き続き私を支えてくれているほど、素晴らしい時間だったと、感謝せざるを得ない。
その後、日本に戻ってからが自分との戦いだったのは言うまでもない。
今日はここまで♫
▼ライブ配信サイトPocochaで歌を歌っています。
今まで事務所所属で配信していましたが、3月14日からフリーライバーに転身して配信を続けていきます。
インスタやYouTubeではオリジナル曲の配信をしていますが、Pocochaでは完全に振り切ってカバー曲をカラオケでじゃんじゃん歌っています。
とっても楽しんでいます。
私のいろんな歌を聴いて、何か感じたことや質問、疑問、ご相談、なんでも受け付けておりますのでどこからでもメッセージください。
オンラインレッスンも受け付けております。
この記事やレッスンが、今まさに悩み真っ只中だったりで、抜け出すためのヒントやきっかけになれば、私もその出会いを嬉しく思います💖
今日も元気に楽しく行ってきます☺︎♡