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【つくる人たち】にわとり舎

熊本市中心部で毎月第3日曜に開かれているマーケット、FARMSTAND ON SUNDAYSの参加者を紹介します。
今回は熊本県阿蘇郡南小国町で、自然農法で作物を育てる「にわとり舎」です。

 9月の朝、立岩地区には静かな雨が降っていました。家の戸を叩くと誰も出ないので、山側の農園まで歩いてみました。丘の上の端境期の畑は恵みの雨に濡れていました。その奥の方に身をかがめ、鼻をつけるようにして作物を見る人がいます。大島将貴さん。熊本県南小国町立岩水源公園の畔『にわとり舎』で、妻の由佳さん、息子の碧(あお)くんと環(まる)くん、そして犬のワンダと暮らしています。

「早いですね!」と言ってこちらに近づき「ここは個人的に一番好きなエリア。見分けつかないでしょ(笑)。あっちは芹場。まだ種がついててイカついです。このとうもろこしは〝ティーン〟って呼んでます。甘さが大人よりくどくなくて水分量も多い。にんじんの種めっちゃ小さいんですけど、最初の年、蒔くの難しくって。でもその後、僕の手の精度が上がってて、今は手で蒔いてます。機械いらないなってなって、買ったけど使ってない(笑)」。雨に打たれながら嬉しそうに畑を紹介します。

『にわとり舎』の自然栽培は、不耕起、無農薬、無施肥、虫や草を敵としない農法です。収穫した、一つひとつ違う在来種の野菜を見て「それぞれが表情豊かで名前をつけたいくらいチャーミング」と喜ぶ由佳さんですが「同じ親から生まれてきたのにこうも違う。気が遠くなるほど長い年月をかけて今ここにあって。人間も全く一緒。でもこれがスーパーに並んだら果たして手に取ってもらえるだろうか?」自問自答するといいます。
「朽ちてゆくことも、茂りゆくことも、人智を越えているにもかかわらず、人間はいつまで経っても何かをコントロールせねばと焦り、慄き、苦しみ、争っています」

 阿蘇に移住して一番やりたかったことは「自分たちでお米を作ること」でした。
 土地を持たず農家でもない一移住者にとって、田に携わるということは簡単なことではありません。高齢・過疎化が進み耕作放棄地が増加している今、空いている田畑はあるものの、その農地は先祖代々受け継いでいる大切なもの。使わないからといって簡単に見知らぬ人に貸したり売却したりすることはあまりありません。特に田んぼは水の管理が肝要。あぜの草刈り、井出の掃除など集落のみんなで協力しながらの管理。小さな里山で農が得られるのはそんな結の精神で守ってきたからこそ。
「地域文化をよく知り、礼節を持って、丁寧に取り組む問題です。だから焦らず、よい流れとご縁ができたらと心に秘めながら暮らしていました」

 阿蘇で暮らして5年目、集落に入って2年目の2021年4月、米づくりには唯一無二とも言える希少なこの場所で、ついに大島家きっての挑戦、米作りが始まります。

 家族と近所の方で「1000年先もずっと残していけますように」と願いながら、一苗一苗手で植えました。清らかな水で育ち、肥料や農薬は一切使用しない自然栽培。天日でじっくりと自然乾燥させた掛け干し米ができました。
「私たちがつくったというより、自然の邪魔をできる限りせずに整えて仕上げたお米。と言葉にするのは簡単ですが、体現していくことはある種修行のようでした(笑)。けれどその大変さをはるかに飛び越える喜びがありました」

 2年前の9月、飼っていた羊のぼんちゃんが亡くなりました。死因は転倒してお腹にガスが溜まるという反芻動物ならではの事故でした。たった一頭ですら命を守れなかった自分たちへの悔恨と、野放しと舎飼の善悪について心が整理できなかったといいます。由佳さんは「循環を考えて生きることは、死の向こう側を考え生きること」をぼんちゃんから教わったと言います。「死を恐れ、忌み嫌い、必要以上に避けてしまうことは、生きることの本質からずれてしまいますから」

 その一年後、犬のワンダが畑で何かにむしゃぶりついていました。ぼんちゃんの骨です。その恍惚とした顔つきを見て、将貴さんは「僕らの暮らし方は本来、相対の世界で語られるようなことではないけれど、ここに資本主義を組み込むと、どうしても言葉の限界や認識の誤解を孕みます。そこをどうにか超えていきたいと頭で思考を巡らせてますが、大概はこんな動物たちの無邪気さにリセットされてしまうんです」

「愛知で暮らしていた時、将貴さんがいつも誇らしげに故郷の話をしていた訳が、ここに移り住んでよくわかった」と由佳さんは言います。「子どもたちは思う存分いま地球と遊んでいて、健やかで逞しい。ここで過ごした原体験がいつか彼等の救いになったらいい。私は移民。けどこの子らはネイティブ。大きくなってどこへ行っても、どんなことがあっても、ここが帰る場所であれば、大丈夫」と迷いのない声で言います。

 帰り道、雨が上がった立岩川には陽光が差し、風が吹いていました。以前6月に訪れた時「どこからともなく風がやってきて一面の緑を揺らす。その青葉がたまらなく好きなんです」と、畑に立って遠くを見ながら将貴さんが呟いたのを思い出しました。

Text & Photo : Yoshikazu Shiraki

にわとり舎
〒869-2402 熊本県阿蘇郡南小国町満願寺1540-1
@niwatori_sha
https://niwatori-sha.storeinfo.jp/

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