エルガーの旋律に嫉妬する
音楽とは、音と音の繋がりでできている。
そこに音が2つ以上並んで、それをどう演奏するかが音楽の面白いところである。
その性質上、「レガート」はとても重要な要素である、と思う。
2音を途切れなく演奏する。そうして音を繋げることで初めてそこにメロディーが生まれ、聴衆に聴き馴染みやすい音楽を届けることができるからである。
それを、エルガーの旋律を聴きながら非常に強く感じた。
来年、所属しているアマチュアオーケストラでエルガーの交響曲第1番を演奏することになり、来週の初合奏に向けて繰り返し聴いている。
この曲、全4楽章構成でトータル50分ほどで、交響曲の平均演奏時間よりも少しだけ長い曲になるが、1楽章の冒頭に奏される行進曲のような(威風堂々の印象が強いせいでそう感じるのかもしれない)テーマがとにかく美しいのである。
行進曲風と言ったが、軍隊の行進ではなく、独りぼっちで夜道を歩くような、どこか物悲しい旋律である。全体的に下降の音型が目立ち、同音で繰り返すところは立ち止まって道に迷っているような様子さえ感じられる。
しかし、それは決して暗いだけではなく、確かにある一筋の光、洞窟のたった唯一の出口へ諦めず向かうような希望もある旋律である。そのことを、管楽器の力強い4分音符に込められていると感じた。
そして、この旋律は、曲の終盤、4楽章ラスト2分のところでようやく再現されるのである。
1楽章は弦楽器により抒情的に奏でられていたのに対し、ここでは金管楽器を中心に勝利のファンファーレとして響き渡るのだ。
これがまた美しい。
初めにあった迷いを振り払い、それでも前に進む決意を示したような旋律だ。
自分はオーケストラでは打楽器を担当しており楽器歴は10年以上になる。
勿論、打楽器が大好きで、決して他の楽器にはできない立ち回りができるパートだからこそ10年も続けられている(ブランクはあるものの)のだが、自分は今回はシンバルの予定なので、この4楽章終盤には既に出番を終えてみんなの演奏を聴いていることになる。
恐らく合奏及び本番でここを聴いたら、自分は他の楽器に嫉妬してしまうと思う。
打楽器は多くの種類があり様々な音色が奏でられるため、奏者のセンスも試さ
れる非常にユニークなパートであるが、その分欠点も多い。
その内の1つが、レガートによる演奏ができない、という点である。
恐らく、この世のどの楽器よりも苦手と言っても良いだろう。
勿論、音をできるだけ伸ばす叩き方はある。
太鼓や鍵盤楽器ではトレモロという奏法もあるし、それにより擬似的なレガートは可能だ。
しかし、それは弦楽器や管楽器の美しさには到底及ばない。
エルガーの描く甘美で高貴なメロディーは打楽器には演奏できないのである。
以前にも同様のことを考えたことがあった。
それが、高校3年の卒業の際に部活動でエニグマ変奏曲を演奏した時である。
これもエルガーの代表作とも言える大作であるが、この中のニムロッドがほんっっっとうに綺麗なのだ。
ニムロッドでは、例によって自分のパートはTACET(全休止)であったので、次の自分の音のことを考えつつもこれを本番で聴いていたのだが、目の前で弦楽器管楽器が演奏している姿を見て、とても嫉妬してしまった。
エルガーの親友であるアウグスト・イェーガーをイメージして作られたと言われている曲だが、静かながらも壮大で寛大なスケールにとても魅了された。
この時ばかりは、自分もそこに混じって一緒に演奏したい、この空気を奏者として体感したいと強く心のうちで燃え上がっていた。
だから、演奏した。
大学生になりオーケストラサークルに所属していた時、合宿で1人1人ソロで演奏させてもらえるいわば度胸試しのような機会をいただけたため、そこでニムロッドをグロッケンソロ用に自分で編曲して(本当はマリンバやヴィブラフォンで演奏したかったが、オーケストラサークルである以上楽器の用意ができなかった)、オーケストラメンバーみんなの前で披露した。
マレット4本を用いて、オーケストラのできる限りの音を拾い、かなり再現できたと自負しているが、それでもやはり弦楽器や管楽器の演奏には勝ることはできていなかったと思う。
それが、やはり、レガートができないことにあった。
エルガーの旋律は、音の上行下降保留全てにドラマが見えるような曲を描くのだ。そのためには、2つの音を繋げないとその良さが十分に伝わらなかった。
全ての音をトレモロで演奏すればまだ繋がって聞こえたかもしれない。実際それも考えた。
しかしそうすると、トレモロは打音を密集させているに過ぎないので、音一つ一つの圧が強くなり過ぎてしまい、原曲の抒情的な表情が失われてしまった。
なので、ほぼ全てを単音で演奏し、トレモロはクレッシェンドしたい箇所で使うのみに留めた。
そのような経緯もあり、今回再度エルガーの曲に触れる機会を得ることができ、非常に嬉しい反面、少し悔しい気持ちもある。
しかし、交響曲第1番自体難曲であり、そもそもアマチュアオーケストラで演奏する機会自体がレアであるので、とても楽しみである。
本番、後悔がないようしっかり勉強した上で臨みたい。
P.S. エルガーの代表曲といえばやはり行進曲「威風堂々」である。
一般的に知られているのが第1番であるが、この曲は2〜5番、未完であったが後ほど加筆された6番があり、全て違った表情を見せる非常に面白い作品だ。
(ディズニー作品「ファンタジア」で1〜4番の抜粋でアニメーションが作られている為、これを見ると馴染みやすいかもしれない。)
話に挙がった交響曲第1番、エニグマ変奏曲と共に是非とも聴いて欲しい。