見出し画像

早田さんとプログレとマネーの夜

先週、新宿で出勤中に20代前半くらいの、あのちゃん風メイクの女の子を見かけました。強めの涙袋メイクになんとピンク・フロイドのTシャツ。めちゃくちゃ短いショートパンツ、おもちゃみたいなポップなネックレス、厚底スニーカーでバッチリ決めていました。

一世代、二世代上の兄さん姐さんたちによれば、かつて「バンドTシャツを着るのはガチファンだけ」なんて空気があったとか、なかったとか…。でもきっと今の若者達にとっては、バンドTシャツも普通のグラフィックTシャツ扱い。いわゆる「にわか」だろうが、バンドを知らなかろうが、昔より誰でも自由に着られる時代になっているのかもしれません。余談ですが、先日休憩室に向かうエレベーターの中で、「YAZAWA」とバックプリントに書いてあるTシャツを着た私と同世代位の子が乗ってきました。彼女に関してはほぼ確実に「にわか」ではなさそうな雰囲気がぷんぷん漂ってました…。

もし先週新宿で見かけたあのちゃん風の女の子が、ディープなバーに行ってプログレおじさんに「君ヒプノシスって知ってる?」とかダル絡みマウントされても、「は?ヒプノシスマイク?」と返り討ちにするかも。下手すると、その場で一緒に「ヒプノシスマイク」を検索してる微笑ましい光景が見られるかもしれません。そんな時代です。(そんな事あるかい)

さて、愛Cが高校生になった頃、世間では「ロック生誕50周年記念」企画が盛り上がっていました。NHK-BS2で『ロック誕生50周年』というドキュメンタリーが3夜連続で放送されると聞いて、私は大喜び。ちょっとキモいのですが真剣にメモを取りながらガチ視聴したものです。こんなド田舎の高校で、昨夜この番組を見たのは私くらいだろうなんて思っていたら、放映翌日に話しかけてきた子が1人いました。クラスで唯一仲良しだった早田(そうた)さんです。

早田さんは、私と同じく暗い家庭事情を抱えていて、どこか沈んだ雰囲気を持っていました。中学から一緒でしたが、当時の私はかろうじてリア充のラインにいたので、そんなに深くは話していませんでした。でも高校に入り、私もどんよりした雰囲気に変わったことで、急に親しくなりまるで映画『ゴーストワールド』のイーニドとレベッカような、痛々しくもどこか瑞々しい友情が芽生えたのです。

早田さんは、根暗なわりに、可愛い高い声でゆっくり話すのが特徴でした。小柄でガリガリで日に当たった事が無いような色白、まるでこけしのような和風の顔立ち。それなのにケイト・モスに憧れているという独特なセンスを持っていました。近所の公営アパートに住んでいた私たちは、彼女の家でMyspaceをディグったり、ブックオフで夜な夜な中古CDを漁るという、全く女子高生らしからぬ色気も可愛げもない音楽活動に励んでいました。

そんな早田さん、北海道の修学旅行でもずっと隣でイヤホンをして音楽を聴きっぱなし。他の皆んなは音を出してミヒマルGTとかを聴いているのに。隣の私は放置され、ひとりぼっちに。まさに「ノイズキャンセル」状態。さすがに「修学旅行くらいはイヤホンやめようや」と言って、強制的に早田さんのイヤホンを外してiPodのプレイリストを覗いたら、そこには「シド・バレット」の名前がずらりとありました。

「いやいや、修学旅行中にシド・バレットって……」

と、ドン引きする私を見て、彼女は不気味に笑いました………。

それから年月が経ち、大人になり上京した私は、ある日プログレに造詣の深い、とある界隈で有名な大御所の方にご挨拶する機会がありました。当時の彼氏が調子に乗って「実はこの子もプログレ大好きなんですよ」と勝手に紹介。おい!おいおい、突然何のフリだよ、と焦っていると、大御所さんはガッチリ握手しながら「君は同志だ!」とキラキラした目で言ってくださりました。うん、これは引くに引けない状況。そして大量に置いてあるレコードの中から1枚をおもむろに取り出し、フロアに鳴り響くのは、チャリーンというお金とレジスターの音。印象的なベースのリフ。

二人がニヤニヤしながら私を見ています。
ああ、これはきっとプログレ洗礼の夜が始まるんだな……。ああでも、正直この曲は分からない。でも絶対この流れでそんなこと言えない。きっと名盤に違いない。そもそもプログレなんてあまりに長いから断片的にしか聴いていなかった。なんなら今まで一度だって何も理解できていない気がするし、かろうじてジェネシスのフォックストロットや、エマーソンレイクアンドパーマーのタルカスだけは知っている。大体なんでプログレ好きなんてハードルめちゃくちゃあげてくんだよ。なんて考えていると20秒はたった。

この微妙な沈黙についに耐えきれず、小声で彼に「ねえ、勝手な事言わないでよ!で、この曲誰の…?有名なの?」と聞くと、彼は心底驚いた顔で大きな声で言いました。

「えっ、愛Cちゃん本当にピンク・フロイドの『マネー』知らないの?」


断片的にそこもスルーしてたんかい!
優しい大御所さんがなんかうまいこと紳士的にフォローを入れてくださり、いたたまれない場の空気が少し和らいだのを覚えています。

これ早田さんなら即答だっただろうな〜。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?