舞台設営図の作成
舞台設営図を初めて描く人は非常に苦労をすると思われる。普段の音楽室のセッティングをそのまま図面に落とし込めばある程度は完成するはずなのであるが、普段何も考えずに感覚だけでセッティングしていると舞台設営図は全く描けない。普段のセッティングのサイズを計ってそれを図面に落とし込むという方法もできるが、なかなかそういうことを思いつかないものである。また、ホールの舞台平面図は尺貫法で書かれており、図面のマス目の方眼が180cmになっているのも苦労の原因である。尺貫法というのは人体のサイズに適した基準となっているので、今でも建築現場では使用されているし、慣れてしまうとメートル法で記載された図面より使いやすい。舞台で使用するひな壇などの道具類も尺貫法で作られている。例えば、平台の3×6板(90cm×180cm)は、図面の正方形のマス目の丁度半分となるので図面に大きさと位置を正確に書き込みやすくなる。椅子のサイズはだいたい縦横ともに45cmなので、1/4マスの大きさとなる。海外でも足のサイズを基にした「フィート」という単位があるが、1尺とほぼ同じ長さである。
舞台設営図は曲ごとに作成する。曲ごとに演奏者の人数に変動があっても、椅子や譜面台のセッティングを変更しないのであれば、一枚の図面としてもかまわない。途中でセッティングを変える場合は、椅子等を動かすための動線についても設計段階で考えなければならない。椅子の移動だけならあまり動線を気にせずにリセッティングができるかもしれないが、ピアノ、ハープ、木琴などを動かすためには動線の確保が必須である。図面を描き終わった時点で、リセッティングの際に舞台袖に下げる物と舞台袖から舞台にだす物に色をつけてマークしておくとわかりやすい。出し入れする椅子等については、反響板のすぐ裏側に描いておくとわかりやすい。
セッティングを考えるときは人の動線についても考えておくのが望ましい。実際はそこまでのことは考慮せずに図面を描いてしまい、当日並べた後の様子で動線を考えることが多い。動線で問題となるのが、コントラバスがステージ出入口にあると移動しにくいのと、パーカッションの人が曲の途中で移動するためのスペースである。ひな壇の都合でパーカッションが前後の段にまたがるような時は特に要注意である。
舞台設営を考えるうえで音楽室とステージの違いは、広さとひな壇の有無である。たいていは音楽室よりもホールの方が広いので、広さに関しての問題は少なくなるはずである。椅子等の配置を設計する前にまずひな壇の広さ(使用枚数)を考えなければならない。それに合わせて打楽器の配置を金管楽器の後ろの最奥にするか金管楽器のサイドとするかを考えなければならない。まず、管楽器の演奏に必要な広さであるが、譜面台の位置まで含めた場合、前後(奥行方向)に120cm、幅(左右方向)に90cmを基準に考える。トロンボーンの場合、スライドが伸びるので本来は前後に180cmくらいは必要であるが、前列の椅子の隙間にスライドの先が入るようにして間隔を詰め、前後120cmとしてしまうことが多い。ファゴットは横幅90cmのスペースでは少しきついので120cm弱を目安とするといい。管楽器の場合は置き椅子を必要とすることもあるので、置き椅子についても舞台設営図の中に記載する。
ひな壇設営に使う平台の大きさは様々なものがあるが、尺貫法なので約30センチメートル単位で考える。平台の基本は3×6板と呼ばれているサイズ(90cm×180cm、高さ4寸(12cm))であり、そのサイズを必要枚数使うことが多い。ホールによっては一回り大きい4×6板や小さいサイズもあるので組み合わせて調整する。ホールで保有している平台のサイズと枚数に限度があるため、ホールの諸設備表を確認しながら考える必要がある。
高さについては各団の好みやホールの音響的な特性や客席の斜面の角度から考える。最近はひな壇の高さを出すようなセッティングを見ることが増えているような気がするが、個人的には音響的な観点や指揮者と管楽器の視線の位置関係からあまり好きではない。最近建設されたホールは音響特性を計算した上で設計されている。音響設計する段階では、ステージ上に立つ、あるいは座る高さから発出される音に対して計算するが、ステージのあまりにも高い位置から発出される音については計算されてない。そのためもあるが、高い位置の音は反響せずにダイレクトに客席に音が飛ぶような感じを私は持っている。指揮者に質問してみると、あまり高くない方が好きという人の方が多い。あまりにもひな壇が高いと見上げるようにして棒を振らなければならなくなるからである。一方、興行主や撮影者は高さがある方が好きな人が多い。それは、客席から顔がよく見えるからである。もしひな壇の高さに不安があるようなら、ホールの人にお勧めの高さを質問するといい。ひな壇に上がるための階段がホールの備品としてあり、それを使用する場合は、ひな壇の高さはその階段の高さに合わせるしかなくなる。
ひな壇の高さは基本的には平台、箱馬、木台、開き足を利用して高さを調節する。ひな壇の勾配を緩めに作るなら、一番低いひな壇が平台をべた置きにした12cm、次の段が箱馬(30cm×33cm×18cm)を平台の下に置いた30cm、その次の段が箱馬を縦にしてその上に平台を置いた45cmである(図の下段)。頭のてっぺん(頭頂)から目までの高さが10cm程度なので、段差が12cmあれば前の人の頭越しに正面を見ることができる。もし、目線の高さを基準とした12cm(4寸)の段差ではなく頭一個分の段差を作るなら21cm(7寸)の段差を作る(図の上段)。高さの感覚をつかみにくかったら、学校か駅の階段で考えるといい。公共施設の階段の高さは1段15~22cmであり、駅と小学校では16cm以下と基準が決められている。金管楽器の後ろに打楽器を置く場合、金管楽器と打楽器の間に段差をつけなくても大丈夫である。打楽器は立って演奏するので、段差をつけなくても客席からじゅうぶん見えるからである。電動でステージが上下にせりだされるホールや移動式の高いひな壇があるホールでは、それを用いることになる。使用を希望する平台の枚数が足りないときは、譜面台を平台の下に置くなどの工夫が必要である。
弦楽器は指揮者を中心とした同心円状に配置をしていく。奏者の前後の間隔は120cm程度必要であるので、120cmごとの同心円を考えればいいことになる。最低でも前後には90cm以上は必要である。一番内側にあたる1プルトは半径180~210cmの円上に配置する。チェロの場合、前後に120cmはギリギリであるので、スペースにゆとりを持てるなら150cm程度と考える。一番内側の1プルトは計8人座り、2列目の同心円上には12人、3列目の同心円上には16人座ることができる。弦楽器の弓の長さは70cmほどであるので、演奏時は左右に90cmくらい離れていれば弾ける。上記の同心円に配置する方法であれば、ちょうどそのくらい左右にも間隔をとれる。弦楽器奏者の人数が少ない場合は3列目以降の同心円上の人数を減らして調節する。コントラバスは同心円からは外れて配置する。コントラバスは前後も横幅も120cmでギリギリであるのでもう少し広い面積が必要である。
管楽器は基本的には90cmの横幅でセッティングすれば大丈夫であるが、横幅が必要なフルートとファゴットとホルンにとっては90cmの幅は少し狭いかもしれない。特にファゴットは横幅120cmのスペースがあった方がいい。奥行はトロンボーン、コントラファゴット、バスクラリネット以外は120cmで問題ない。トロンボーンは奥行き120cmでも前の奏者の隙間を利用すれば演奏できる。前後に150cmの空間があれば、気を使わずに演奏できる広さとなる。コントラファゴットやバスクラリネットは120cmの空間だと少し狭いが、現実問題として、その楽器のために全体を広くとることはできないので、我慢してもらうことがほとんどである。狭いと感じるかもしれないが、演奏に支障をきたすほど狭いわけではない。
打楽器は楽器自体が大きいので使用する面積も広くなる。ティンパニーの直径は50~80cmほどであり、バスドラムの直径は90cmほどである。これらは張ってある皮のサイズであり、支柱やスタンドを含めるともう少し大きくなる。また、楽器のサイズ以外に奏者の演奏スペースも必要である。打楽器の配置のこともあるので、打楽器については練習時に必要なスペースの実寸を測ったほうがいい。
舞台設営図には楽器の置き椅子も記載する。ホールが狭い場合、楽器を置くのに椅子ではなく箱馬を使用することもある。楽器の置き椅子は、持ち替えのある木管楽器とコントラバスに必要である。木管楽器で楽器用の専用スタンドを使用していれば置き椅子は不要である。コントラバスは椅子の上に立てかけるのが慣例である。床に寝かせても構わないが、見た目が良くないのと場所を節約するために置き椅子を使う。椅子の背もたれが高いと楽器をうまく置けないことがある。その場合は違う種類の椅子をリクエストするか使用を断念するしかない。
ピアノ椅子やバス椅子を使用する場合は、その個数も把握しておかなければならない。ピアノ椅子はチェロが使うことが多い。チェロにとって普通の椅子は弾きにくい事が多いからである。その他、バスクラリネットやコントラファゴットなど、楽器の足を床に置く管楽器もピアノ椅子の方がいい。最近の日本国内の演奏会ではコンサートマスターがピアノ椅子に座っているのをよくみかけるが、あまり意味のある事とは思えない。他の奏者がコンサートマスターを見やすくするためという目的であるが、実際に座面の高さを比べてみると、普通の椅子とほとんど変わってないことが多い。しっかりと座れない高さの椅子では、逆にコンサートマスターが弾きにくくなる。身長が高い人ならわざわざ座面を上げる必要はないし、身長が低い人なら、座面を高くすると足が床につかなくなってしまう。セッティングが悪いのを椅子の高さでごまかしているだけなのでは、と思ってしまうこともある。YouTubeで海外の演奏を見ている限り、コンサートマスターだけピアノ椅子という例はあまりない。日本だけのガラパゴス化した文化になっているのではないだろうか?
舞台設営図は演奏会の1か月前には完成させなければならない。その図面を持ってホールと事前打ち合わせをするからである。事前打ち合わせでは、ひな壇を作るための平台のサイズと枚数の確認、箱馬等の使用個数、椅子や譜面台の必要数などのチェックもされる。実際にその図面をくみ上げることができるかをホール側からチェックを受ける。平台等の備品数の確認を失念した状態で図面を作成してしまうと、ホール側のチェックにより個数の不足を指摘されることもある。また、ホールの備品使用料は1個いくらで設定されていることがあり、使用個数により料金が変動することもある。ホールとしては設営図をもとに見積書を作成し、当日の使用個数を数えて請求書を作成するという流れがある。舞台設営図はそのような資料でもあるので、可能な限り正確に作成しなくてはならない。事前打ち合わせで設営図を提出した後は大幅な変更はできないものと思っておくべきである。椅子の位置を1個動かす程度なら問題ないが、平台を5枚追加するとかいう変更は難しい。
ハープを配置する際は、向きやスペースに注意が必要である。ハープを平台に乗せる場合、3×6板あるいは4×6板を使用する。ハープは右肩に担いで演奏するため、譜面台は左前方となり、指揮者を見るのも左前方である。左前に指揮者を見るということを忘れて違う向きにひな壇を置いてしまうと、ハープ奏者が登場してから再セッティングとなってしまう。ハープはコントラバスの脇に並べづらいので、バイオリンの後ろに置くことが多い。
オーケストラの舞台設営では、ステージの広さを目いっぱい使うことが多いが、ゆとりがあるなら音響や照明のことも考えて設計すべきである。時々、無意味に前面(客席側)にでてきてしまっているセッティングを見かける。舞台の反響板がないような前面に飛び出すのは音響を悪くする原因にもなる。主催者や指揮者が少しでも客席のそばで演奏したいという希望があるのであれば、それはは一理あるが、音響的にはマイナスである。また、あまり前面に出てくると、シーリングライトやボーダーライトが当たりにくくなり暗くなってしまう。
演奏会の途中で指揮者や部長がマイクを持って挨拶をする場合、その大まかな位置も図面に書き込んでおく。ワイヤレス式マイクの場合、ステージ上ならどこでスピーチをしてもかまわないが、有線のスタンドマイクを使う時は、中央なのか下手なのかで準備する道具が変わることがある。また、スピーチする人にピンスポットライトを当てることがある。ピンスポットライトの使用の有無は事前に打ち合わせをしておかなければならず、当日急にはできないこともある。動きのないスピーチ程度のことなら、新しいシステムが導入されているホールではピンスポットライトを電動のリモコンでコントロールできるが、旧式のシステムでは、専門技術者が手動で狙いを定めてライトを当てるという操作をする。ホール側の準備の都合もあるので事前の打ち合わせ時までに舞台設営図を正確に記載しなければならない。
舞台の前方に緞帳が存在するホールもある。緞帳は落下事故が時々あるので緞帳の真下に座席を配置しないことをお勧めする。緞帳から前は反響板が無くなるため、通常は緞帳の下あるいは緞帳よりも客席側に弦楽器を配置することはしない。
各楽器の配置は何となく常識的なものが何パターンかある。弦楽器の下手から上手への向けての順序は何パターンかあるし、ホルンが上手にきたり下手にきたりする。パーカッションは金管の後ろだったり、上手や下手だったりする。しかし、その他の管楽器の配置は一般的には固定である。大まかな配置は一般的であったとしても、細かい点を見ていくと「何となくの常識」の感覚が人によって違うのがセッティングの難しいところである。私が見たことのあるステージの中で首をかしげたくなるような配置としては、コントラバスの後ろ(側板側)にパーカッションがおかれていたり、ピアノの奏者が客席に背を向けた状態で上手側におかれていたりした演奏会があった。コントラバスの後ろでは指揮者が全く見えないし、ピアノもなぜ裏返しにしたのかと思う一方、そのようにせざるを得なかった特別な事情を推察しようと試みたが解明できていない。もしセッティングの重要性が理解されずにそのようになっていたのであればそれは残念なことであり、有能な裏方人材の少なさを痛感することになる。
舞台設営図ができあがったら、実際にそのサイズで並べてみることをお勧めする。音楽室では舞台と同じ広さをとれないので、区画を分けて設置していきながら考える。例えば、弦楽器と管楽器をそれぞれ上手側と下手側に分け、できた4つの区画を順番にステージと同様に配置する、というようなことをすれば舞台設営図の検証ができる。パーカッションも本番同様に並べてみて広さや移動のしやすさを確認しておいた方がいい。
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