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全体練習の進め方
全体練習の進め方は指揮者に依存する割合が多い。しかし、奏者も主体的に全体練習の進め方に関して指揮者とディスカッションすべきである。ディスカッションをする前に全体練習についての慣習的な事項を知っておく必要がある。慣例的な練習の指針をお互いに知っておくだけでもある程度練習効率が上がるはずである。
まず、全体練習の開始時刻についてであるが、考え方は二通りある。全員が集まる時間を開始時刻とする場合と指揮者が指揮棒を振り下ろす時刻を開始時刻とする場合がある。棒の振り下ろし時刻としている場合、その前に集合してチューニングをしておかなければならない。全員が集まる時間としている場合でも、その前に個人的にチューニングをして全体練習ですぐに弾けるように音出しをしておくべきである。スクールオーケストラの場合、授業終了後の放課後に練習時間が設定されるが、全体練習の時は全員が余裕をもって集まれるような時間に開始時刻を設定することが望ましい。
スクールオーケストラの全体練習では曲の練習だけでなく基礎練習も行われる。基礎練習は曲の指揮者とは別の人が前に立つこともある。全体練習の始めに毎回10~30分程度基礎練習をすることもあれば、基礎練習の日を決めて行うこともある。どちらのスタイルでも問題ない。基礎練習で重要なことは練習ごとに目的を定めしっかりと共有することである。単に毎回同じことを繰り返しているだけ、となってはいけない。
初見会から本番までのロードスケジュールは大まかに立てておいた方がいい。ロードスケジュールと表現すると難しく感じるかもしれないが、初見会直後と本番直前とでは、練習内容が違うはずであり、どのような練習内容をどのくらいの日までに完成させていくのかの目安をたてれば大丈夫である。その計画を立てるために、本番までの練習回数を数えておくといい。具体的に数える必要はなく、週何回練習ができあと何週間、といった情報があれば大まかに練習回数を見積もれる。
初回の曲の全体練習は初見会と呼ばれ、ある意味特別な練習である。初見会では曲の雰囲気をお互いに知るのが一番の目的である。この時までに、指揮者は繰り返しの有無を決めておくべきである。とは言っても、繰り返しは原則するものであり、何か理由がある時だけ省略という形をとるものである。初見会までに、奏者は譜読みを終わらせるべきである。譜読みは、自分のパートを歌えるようになっていればいいと私は思っている。弦については弓順の決定も初見会前に終わってなければならない。初心者が初見会までに全部弾けるようにするのは無理難題であるが、経験者を名乗る人はとりあえず弾けるようにはしてもらいたい。
初見会直後は、まずリズム合わせを中心とした練習を行い、同時に「落ちないため」の練習が必要となる。「落ちない」は業界用語であるが、要するに、各パートとも休みの後に弾き始めるタイミングの確認と、間違えてもリカバリーで戻れるようにする必要である。
リズム合わせが完成に近づいてきたら、次は曲想合わせを中心とした練習になる。ダイナミクスの合わせをしたり、音のニュアンスを合わせたりする段階である。曲想の練習のうち、重要なことやパート練習への宿題としたいようなことについては、リズム合わせの後の練習と考えずに、練習の初期の頃から練習メニューに組み込むこともある。
練習時のテンポについては本番と同じテンポで最初から進める場合もあるし、最初のうちはゆっくりとしたテンポで進める場合もある。練習用の遅いテンポで練習していく場合は、どのタイミングで本番のテンポに近づけていくか考えなければならない。ゆっくりにする場合、管楽器の息の長さを考慮しなければならない。また弦楽器も本来一弓で弾くものを分割しなければならないほど遅いテンポはかえって混乱をきたすことがある。
ある程度弾けるようになってきたら録音をしたりゲネプロ(通し練習)としたりする。録音やゲネプロの反省を元に再度本番に向けた練習をしていく。
これらのタイミングの切り替えの時期を大まかな目標としておくと本番間近になって慌てなくて済む。本番で演奏する全部の曲の練習の進行度がそろっている必要はない。簡単な曲を最初に仕上げて、それから難しい曲の練習にとりかかってもいい。各団員には、譜読みが完成する目標の期日を示しておくべきである。その目標日程がないと本番までに間に合えばいいという雰囲気になりがちである。
全体練習は、事前にどの曲を練習するか告知しておかなければならない。全体練習の前にその告知された部分の個人練習やパート練習を行うからである。遅くても全体合奏の1週間前に曲が告知されているようにするべきである。長い曲の場合は、曲の中のどの部分を練習するかまで指定しておくと団員はその部分に集中した練習ができる。
全体練習中のマナーとして、指揮者が指揮棒を構えたら演奏者はすぐに楽器を構えなければならない。逆に指揮者が棒を下ろしたら即座に演奏をやめなければならない。これらの基本的なマナーを守るのは意外と難しい。演奏が止まるごとに指揮者から指摘があるが、それを書き留めておく時間がなかったり、各自が個人練習をしてしまったりすると、合奏する時間が少なくなってしまう。よっぽど時間に余裕がある場合を除いて、メモを書くための時間をとることはしない。他のパートが指摘を受けて練習している間に書くべきである。指揮者が腕を下ろしたら奏者は演奏をすぐに中断すべきであるが、楽譜に意識が集中しすぎて指揮を見ることができないといつまでも演奏を中断できない。指揮者は指示が終わったら指揮棒を構えるが、指揮棒を構えた後に追加で指示を出すべきではない。指揮棒を構えた直後は、管楽器奏者は吹くために息を吸って止めているタイミングである。そのタイミングで話をされてそのまま棒が降ろされたとしたら呼吸困難となってしまう。
曲の休みの小節中に楽器を下すか構えたままでいるかは各パートでそろえなければならない。弦楽器はパートトップが楽器を構えたら全員楽器を構え、パートトップが楽器を下ろしたら全員楽器を下す。パートトップは経験者がなることが多いので構えたらすぐに音を出せるかもしれないが、パート内には初心者がいることをふまえてパートトップは早めに楽器をかまえる仕草をするべきである。
指揮者の指示は可能な限り明確にすべきである。そのためにはある程度の語彙が必要である。音質を表現する言葉(形容詞)をどのくらい知っていて使える状態だろうか?少なくても20種類くらいはすぐに思い浮かべられるようにしておくと便利である。様々な語彙を用いて指示を出すときに、形容詞だけでなく「例え」の表現もうまく利用した方がいい。例えば、川が流れるように、馬が走るように、アルプスの高原のように、雷鳴のように、羊羹のように密でまっすぐで重く、など無限大な表現方法がある。語彙が豊富だとそれだけ音質のコントロールをしやすくなる。
音質に関する指示は、語彙で表現するほかに、「音の仕組」みから指摘することもできる。音は立ち上がり、中間層、音の終わりの3つの部分に分解でき、それらの部分について指示をだすことができる。アタックを強くとか途中で減衰しないでとか音の切れ目はスパッと切って、とかである。初心者のアンサンブルで忘れがちなのが音の終了処理の方法である。音をだすタイミングが合っていても、音の切り方がマチマチとなっている演奏をよく聞く。音の立ち上がりだけでなく音の丸め方にも気を向けてほしい。
巧みな語彙を使った音質の指示から、演奏技巧の指示への変換も重要である。指揮者が音を小さくと指示したとしても、どのように弓を動かせば音が小さくなるかまでは指示が行き届かない。弓にかける圧力を小さくする技法もあるし、弓を使う長さを小さくする技法もあるし、弓を傾けて接触する毛の量を減らす技法も存在する。そのどれを使うか、指揮者がそこまで指示することはなかなかできないのでパートトップを中心に初心者が指揮者の指示を実際に弾けるように技法の言葉へ翻訳する必要がある。トレーナーがいるのなら、トレーナーが指揮者の指示の合間にうまく入ってくれることもある。合奏練習の場にトレーナーがいなかったら、後日、「指揮者からこう言われた」と聞いて奏法を確認するといい。
演奏者の方も曲の弾き方に対して主張を持つべきである。練習初期のうちは、その主張が指揮者と対立したり他のパートと合わなかったりするが、練習を進めていけばだんだんと統一されてくるはずである。練習中あるいは練習の前後に自分たちの主張を指揮者とディスカッションするべきである。演奏者の方が主張を持たずに流されるままに弾いていると音質がぼやけがちになってしまう。さらに、指揮者が明確な指示だしきれていないと、「振り方がわからない」、あるいは「どうやって弾けばいいの?」との質問になってしまう。「どうやって弾けばいいの?」と聞く前に、パート練習の時はこのように弾いていた、あるいはこのように弾きたい、といった意思表示をすべきである。このような音に対する感覚を指揮者や他のパートと対等に相談できるような関係になってほしい。
一回の全体練習の中で曲を通すこともあれば、部分的に練習して終わりのこともある。演奏者は通して弾きたいという要望が強い。それに対し指揮者は通す時間がもったいないと感じがちである。曲を通す時は、通す練習の意味を考えるべきである。通す練習には、現状の確認、その日に練習したことの復習、行き詰った練習からの気分転換、などの目的がある。意味なく曲を通すのは時間の無駄である。
部分ごとに練習していく時に、出番の少ないパートにも配慮ができるといい。パーカッションやチューバは出番が少ないことがあり、一回の練習中に全く音を出す機会がなかいということもあり得る。そうなりそうな時は思い切ってそのパートは全体練習に参加しなくてもいいことにして個人練習の時間に充てた方が効率的である。全体練習で暇を持て余すパートがないようにするために事前の練習計画が重要である。例えば、管楽器が休みで弦楽器が大変な箇所を練習するために、その部分を練習の最後に回して管楽器だけ先に解散にする、というようなこともできる。ベートーベンの「運命」ではトロンボーンは4楽章にしか登場しないから、4楽章の練習開始予定時刻を先に決めておいて、トロンボーンはその時間までパート練習をする、というようなこともできる。
練習中の休憩は30分から1時間くらいごとに入れた方がいい。新型コロナウィルス流行時は30分ごとの換気が勧められていた。長時間続けるとどうしても集中力が切れてしまう。またチューニングもずれてきてしまう。休憩後は状況に応じてチューニングを入れる。