指揮者の指示と奏法の指導
指揮を生徒が振っているのか顧問の音楽の先生が振っているのかプロの指揮者が振っているのかによってオーケストラへの指示出し方が違う気がする。生徒が振っている場合、合わせるのに精いっぱいなことが多い。プロの指揮者なら音楽的な指示を出すだけでなくオーケストラが成長するように指示を出すことが多い。顧問が振っている場合、生徒の人間形成に重きをおいている人が多い印象がある。
音楽の先生が指揮を振る場合、指揮の技法のレベルは上下に幅広いと感じている。音楽の先生の学歴的なバックグラウンドは様々であり、教育学部の音楽専攻である人もいるし、音楽大学の声楽科、作曲科、ピアノ科、指揮科などの人もいる。音楽大学の指揮科、作曲科の出身の先生は音楽大学の学生時代から指揮を振る経験が多いため指揮の技術自体がうまいことが多く、曲の解釈や奏法指示も的確な人が多い。一方、その他の専攻科の人は、学生時代に指揮を習うことはほとんどなく、独自に指揮を勉強した人がほとんどである。コンクールなどで様々な団体の演奏を見ていると、指揮に合っているのではなく、練習中の打ち合わせや指示に合っているだけという団体が非常に多い。コンクールではそうした方がいい成績となるからという理由もあるが、これは、音楽教員の慢心であるとも私は思っている。
大部分の学校では、音楽の教員あるいは招聘したプロの指揮者が指揮を振っている。数は少ないが、生徒が振っている学校も存在する。一般的には生徒が振った演奏の方がレベルが低いと考えてしまうが、実際はそうとも限らない。指揮の上手下手だけでその団のレベルが決まるわけではないからである。パート練習の練習システム、生徒のやる気などで大幅に変わるものである。もちろん、指揮のレベルは音楽の表現に大きな影響を及ぼすが、それを上回るエネルギーがスクールオーケストラにはある。
ここでは指揮の技法についての解説は行わない。指揮の技法は指揮者が知っているだけでなく奏者も少しは知っておいた方がいい。指揮の技法を知らなければ指揮を理解しきれないからである。ところが、指揮というのは、それを知らない人にも合図を出せるものでもあるから面白い。ただし、指揮の技法を全く勉強してない人が「あの人の指揮はわかりづらい」と文句を言うのはお門違いである。文句を言う前に、自分自身が指揮を読み取れてないだけなのかを自問してほしい。指揮法を勉強するなら次の本をお勧めする。本書は1956年初版で2010年に改定されたものである。50年以上に渡り売れ続けている名著である。斎藤秀雄の名を知らない人もいるかもしれないが、サイトウキネンオーケストラのサイトウであり小澤征爾の先生であるとわかればどんな人なのか想像つくだろう。本書は英語版も存在し世界中で売られている。
『【改訂新版】指揮法教程』(斎藤秀雄、2010年、音楽之友社)
指揮者から奏者への指示は演奏中は棒を主として顔の表情や体全体を使って伝えられ、演奏を止めた時の指示は言葉で行われる。言葉の例としては、「音を大きくしてほしい」とか「音質を固くしてほしい」とかである。しかし、どのようにすれば音が大きくなるのか、どのようにすれば音が固くなるのか初心者にはわからない。また、どの程度音を大きくするのか、どのくらい固くするのかがわからない。そこに指揮と演奏者の乖離が生まれてしまう。指揮者が各楽器の奏法を心得ているなら「弓全体を使って弾く」とか「弓の根元で弾く」とか具体的に指示できるが、なかなかそれは難しい。そうなると、誰かが指揮者の意図を組んで奏法技術の言葉へと翻訳しなおして指示を出す必要がある。プロのトレーナーが全体練習に参加していれば適宜指示をもらえるが、そうでない場合は、パートリーダーや経験者がうまく助言できるといい練習になる。
生徒が指揮を振っている場合、指示があいまいになりがちである。例えば「そこ合わせて」としか指示してない場合がある。具体的にどういうふうにずれているのか、誰と誰が合わせるのか、どうすれば合うようになるのか、などの指摘までできないことが多い。指揮の初心者にそこまで求めるのは非常に心苦しいことではあるが、そういう傾向にあることは自覚しておいてもらいたい。そういう傾向にあることは奏者も知っておく必要があり、全て指揮に任せてしまうのではなく、具体的なところを団員の誰かが質問したり助言したりするようにすればある程度の問題は解決される。奏者は全体練習中黙っていることが多いが、活発にコミュニケーションをとるべきである。
指揮は本来棒を使って音楽をけん引するものである。テンポをコントロールしながら、ほんのちょっとした棒の動きで音の表情が伝わるのである。そこが指揮の最大の醍醐味である。しかし、棒を振ることに慣れていないと、言葉での指示がメインになり棒の動きは単なるメトロノーム化してしまう。指揮を本格的に習ったことない音楽の先生にこの傾向が強い。音楽自体はよくわかっているから、練習時は言葉で指導し伝えられる。でも、演奏会で客席から見ているとメトロノームのようにしか見えないのである。センスに関してはいくら頑張っても上達できない人もいるが、技巧に関してはある程度までなら誰でも上達するものである。指揮という技巧も磨いてほしいものである。
余談であるが、コンクール等の規定で、指揮者は教員あるいはプロがしなければならないとされているものもあるようである。このような規定は廃止して欲しいと思っている。これからの音楽業界として、指揮者も育てなければならない状況である。他の楽器から転職した「にわか指揮者」が大勢いる現状を見てわかるように、指揮科出身の指揮者は足りてない。学生時代に部活動で指揮を振った経験を機に指揮科への入学を希望する人が増えれば、音楽業界全体のレベルも上がるのではないかと思っている。